山海関を越えよ  

     ー清の太祖ヌルハチー                梶浦康一

 

  第一章 商賈ヌルハチ

 

「満韃子」 

 万里の長城以南に住む中華の人びとはこの物語の主人公たちをこう呼んだ。『革を纏っている連中』と、謂うくらいの意味である。無論蔑称である。

 満韃子とよばれた人びとが暮らしているのは、現在の中国では遼寧省、吉林省、黒竜江省の東北三省と内モンゴル自治区の東部を指す。この地は北と東は黒竜江と烏蘇里江に接し、南は鴨緑江を挟んで朝鮮半島につながり、西方のモンゴルとは大興安嶺をもって国を分けている。

 また、長城が渤海湾に落ちる地に聳えたつ山海関を境にして、中華文明と隔たりをもち、中華の人びとはこの地を『関外の地』、あるいは漢文化に属さない『化外の地』と呼んでいた。そしてこの中国の東北地方は古代よりアルタイ語族の棲む地であった。

 アルタイ語族は満州語などのツングース語族、ブリヤート語族を

含むモンゴル語族、トルコ語やカザフ語などのチュルク語族に大別される。ちなみに大雑把に言うと大興安嶺を越えて東に住むモンゴル系の人々がブリーヤート人である。

 日本語族や朝鮮語族もこのアルタイ語族の一派であるらしい。『らしい』というのは似てはいるが証明されていないという程度である。ただし、モンゴル語、満州語(現在は一部の地域を除いてほぼ消滅)朝鮮語と日本語はいずれも『て、に、を、は』をもつ非常に近い文法で成り立っている言語群である。

 この物語の主人公たちはツングース語族でも南部に属し、中華に最も近く棲む人びとである。古来漢人より韃靼、粛慎と呼ばれていた。韃靼は西方騎馬民族『タルタル人』であり、古代日本の製鉄『たたら製法』であり、歌舞伎の『蹈鞴を踏む』へと転訛する。時をへて靺鞨、女真、満州と呼称が替わり、その後裔は清王朝を中華の地に建てることになる。

 粛慎は日本では『みしはせ』と呼ばれ、大和朝廷が東日本を統一する前しばしば蝦夷地や東北に出現している。日本書紀には佐渡で粛慎と出会った話や阿倍比羅夫の蝦夷征伐の話の中でもみかけられる。粛慎が縄文系の蝦夷とは区別されているのはこの時代の日本人が中国の史書より既にこの民族名を知っていたからであろう。現在のロシア領ウラジオストックあたりから日本海に小船を浮かべれば、自然に秋田から新潟あたりに着くであろうことは容易に想像でき、同様に樺太から流氷に乗りラッコを追いかけて北海道へ渡ってきたオホーツク人もこの粛慎の一派であるが、しかし前述の縄文系蝦夷、後にアイヌと呼ばれる人びととはあきらかに民族の系統がちがう。 

 

 十四世紀『明』はモンゴルの一大帝国『元』を退けて漢民族による王権を取り復した。けれどもひたすらに北方民族の復権をおそれたのである。長城以南の漢民族は農耕によって身をたてているが、北方のモンゴルや東北の女真は遊牧する民族である。野にはなった羊が食む牧草地が要る。いっぽう漢人はその牧草地をたがやし菜や麦を植え、小屋をたて定住する。利害の反する両者が長い歴史の中で融和することはなく、北方民族は漢人の農作物を簒奪し農奴にするため漢人を拉致した。漢人の方も隙をうかがっては北上し商いや農作で北方の地を浸食していった。この文化の違いが両者の関係を殺伐たるものとしてきたのである。

 秦の始皇帝が地球の落書きのような長城を築いたのも、北方の異民族『北狄』を北に閉じこめておきたいがためである。殊更さように中華の人びとは北を恐れた。言いかえれば北をおさえることが中華の王朝にとって政治の優先課題であった。

 やがて、中華の王朝はこの女真の地をときにはモンゴル諸部族もふくめ小部族同士たがいに争わせることによって統治しようとした。所謂『以夷制夷』である。

 

 十六世にはいると女真の地は肥沃でないながらも遊牧から農耕へと生活の基盤はうつっていき、明との交易も活発になり商賈(商人)の数も増すばかりであった。それにつれて漢人も女真の地へ薄紙が燃えるように入植し、女真の民が伝統的に嫌悪してきた漢文化の浸透も甚だしいものがあった。

 その頃の女真の地は現在の遼寧省、開原の東部及び北部に展開する海西四部と開原の南に位置する撫順の東部を本拠地にする建州五部、そして海西の更に北東の松花江と牡丹江流域の東海三部及び建州の東、鴨緑江に接する長白山(朝鮮名ー白頭山)二部にわかれていた。

 これに対し明側の地理区分は海西女真、建州女真、野人女真と若干の相違があり、当時明との接触のすくない部族はひと紮げにして『野人』と呼んだのであろう。いかにも中華帝国らしい発想である。

 明領の開原に隣接する海西女真が最も漢化された先進地域で、彼らは呼蘭河流域に起居しみずからを『フルン』と呼んでいた。その中のハダは代々明に恭順をしめし、明に代わってフルン諸部を統率しその秩序をたもってきた。ハダはワンハン(王台)の時代に最盛期をむかえ全ての女真を支配下におき、女真の歴史のなかでハンすなわち王を名乗ったのは彼が最初である。ちなみにフルン四部とはハダ、ウラ、イェヘ、ホイファを謂う。他方、狭い範囲で満州を称していた建州女真はスクスフ、フネヘ、ワンギャ、ドンゴ、ジュチェンの五部からなり、互いに勢力争いをしていた。

 後で詳述するのでここでは大雑把に力関係を述べる。明領と女真の国境は開原と撫順を縦に結んだ南北のラインである。開原の東にフルン四部のうちハダが接しハダの北にイェヘが接している。大国ウラは遠く東北の地ににあり、ホイファは小国であって他の三国のなかをうまく立ち回るほかはない。必然ハダとイェヘが勢力争いをすることとなる。ワンハン以後、ハダは後継者に恵まれずフルンの主導権は徐々にイェヘへ移っていった。

 マンジュ五部ではスクスフが撫順に比較的近いところに位置していたが、これという強力な部族は出現していなかった。マンジュとは諸説ある中この部族が崇拝する文殊菩薩の原語マンジュシリからきているとするのが最も有力である。

 女真らはこの地の特産品の人参と黒貂を主に明に輸出して生計をたてていた。ここで言う人参とは薬用である。日本では食用も薬用も同じ人参であるが、中国では食用のそれを胡蘿萄と言う。また、朝鮮では薬用をインサム、食用はタングンである。

 前段で安易に輸出と述べてしまったが、中華の交易は朝貢貿易と呼ばれ、中華文明を慕って朝貢する北狄や南蛮に対しその貢ぎものの数倍するものを下賜する形をとる。

 東北部における明朝の司令部は広寧にあり遼東総兵官李成梁が全女真を統率していた。

 当初李成梁は女真を分割統治するため、入貢する許可書である勅書をフルンやマンジュの有力な部族長の多くにあたえていたが、部族間の抗争は激化し明朝も看過できない状況になるとフルン四部とマンジュ五部の首長に一括して与えるようになる。しかしその結果フルンやマンジュの諸部族はその首長のもとにまとまりはじめ、やがて明朝の畏れる大勢力へと変貌していった。やがて勅書の乱発によって入貢する女真の数はますます膨大となり、明朝はその経済的負担に耐えられなり、困りはてた李成梁ら明の官僚は遼東に馬市をひらき、入貢ではなく市場での交易をさせた。

 本来、馬市は明朝が不足がちの馬を女真から買う『馬の専門市』であったが、明朝政府との取引が終わるとおおくの商賈が穀物や絹などを同市で商いはじめた。商いは拡大し、明朝は女真や漢人商賈の要求を無視できずにあらたな市をつぎつぎと開くことになる。そのひとつである開原の馬市はフルンの居留地に近く、ごく自然に彼らが商いを占有するようになった。開原の市を締めだされたマンジュは私かにに市をたてるが、私貿易を嫌う明王朝はあらたに設けた撫順の馬市をマンジュに開放した。

 

 一五七九年十月。満州平野に赤い夕陽が落ちる頃、撫順城の馬市にその男はいた。

 名はヌルハチ(奴児哈赤)、または怒爾哈斉と書く。姓はアイシンギョロ(愛新覚羅)である。この姓は清の最後の皇帝であり日本の関東軍に翻弄される愛新覚羅溥儀へと繋がっていく。アイシンは『金』を意味し、ヌルハチらの先祖が一二世紀に建てたとされる『金朝』からきている。

 この時ヌルハチ歳は二十、中肉中背で筋肉質の躰をもち、ふとい首のうえには面長で色黒のすこし冷徹な感じのする顔をのせていた。そして蒙人や満人に共通する蒙古襞と鋭いひとえの目蓋をもっていた。のちに『清』の太祖となる。

 この時代、満州は地名(地域国家名)であって民族名ではない。後世、八男ホンタイジがヌルハチを継ぎ清朝を建てた時『満州国』はその内に吸収されすべてが清となり、同時に満州族が女真全体の民族名と変貌する。

 さて撫順は現在の遼寧省にあり瀋陽の真東にあたる。この城とは中国や中東、ヨーロッパにおおくみられる住民ごと城壁でかこむ城塞都市である。翻って、籠城時をのぞいて城主とその家族のみが居住する日本の城とはおおいに異なっている。

 その城外の一郭に馬市がある。野球場なら五、六面はとれる広大な地にひとの丈よりややひくく石を積んでまわりを囲んでいる。中央に連棟の木造小屋があり、南北に整然と並んでいる。各店舗は大小さまざまで、不揃いの燐寸箱を思い起こさせる。路上には笊一つ、天秤棒一本で商いをしている者もいて囂しい。市の喧噪のなかふたりの若者が落陽で顔を茜色にそめていた。その前にはひと盛りの人参が堆くつまれていた。

「兄者、こう寒くては客も寄りつかんぞ」

 十月の撫順は陽が落ちると零下になることもしばしばである。

「けどなシュルガチ、まわりの賈人を見てみろよ。結構客がたかっているぜ」

 シュルガチ(抒爾哈斉)と呼ばれた年若のほうはヌルハチと同腹の弟、歳は十五である。次弟になる。兄に似た鋭い目をもつが、色白で下膨れの顔にはどこか幼さがのこっている。さらには二、三名の従者とおぼしき若者が客を呼びこんでいた。

「最近じゃ馬はよくないが、人参は高く売れると聞いてるんだがなぁ」

 明朝が洪武帝から永楽帝に移ろうとする時代、つづく内乱で明朝の馬は払底していた。しかしヌルハチが市にでる頃にはその数も安定にむかっていた。

 けれども、ヌルハチの言を待たずとも、人参はいつの世でも日本を含む東アジアからロシア、ヨーロッパまでを巻きこんだ黒貂とならぶ国際商品であった。女真にとっても戦略的産品であったが当時の女真はそれに気がついていない。

「人参なら金と同じ重さで交換できるはずだが」

「兄者、ほんとかな、それ」

「俺たちのまわりで人参はとれる。だからおやじ殿は必死で『人参ほり』を探して傭うんだ」

 シュルガチはただ頷いているが、ヌルハチはシュルガチの肩に手をおいてつけ加えた。

「人参ほりも哀れな仕事さ、山は寒いし、そのうえいつ虎が出るとも限らない」

 彼らは専門職集団の山の民である。その命を賭した収穫物はヌルハチのような商賈と交易されわずかな粟麦となる。

「人参がだめなら今度は貂でも売るか」

「けど、貂はフルンのやつらの独壇場だぜ」

「まぁ時をまて、俺に考えがある」

 ヌルハチの言う、もうひとつの戦略的産品、黒貂はマンジュの地より更に北の黒竜江の下流に棲息するものが最高品質であるとされていた。よってフルンが主に交易する開原馬市では人参も商われていたが、主たる産物はこの黒貂であった。

 人参は六月から九月に採集され、朝鮮と女真の国境沿いに一大産地があった。この地域に多くみられるチョウセンマツを主とした針葉、広葉樹林が人参をはぐくんでいる。したがってマンジュがほぼこの採集権を独り占めしてきた。清朝成立後かれらは独占的な利益を得るため、この地域を木柵でかこみ『封禁の地』とする。これによりこの地は清朝発祥の聖地となり、漢人や朝鮮人に立ち入りを禁じた。これらの人参や黒貂が清朝を興し、三百年の長命を保たせた経済的基盤となったのはうたがう余地がない。

「兄者はいいよ。家には新しい嫁が待っていて、あつあつのめしが食えるし。その上寝床もあったかいだろうし」

「くだらないこと言ってないですこしでも売ることを考えろ」

 語調はきついがヌルハチの目はわらっている。

「見ろよ、シュルガチ、隣を」

 シュルガチが目を遣ると隣には多くはないが客がたかっている。

「漢人に買いたたかれているだけじゃないか」

 この時代、人参は生のまま売られている。

「人参は日持ちがしないのでああなるのさ」

「漢人はそれを見こして値を下げるのを待っている。汚い商いをするもんだ」

「俺たちはいつも漢人にしてやられているんだ」

 シュルガチが嘆くように言った。

「これも何とかする」

 結局は女真が苦労して得た人参も利は漢人もとにおちる。後にヌルハチは満州国の法や軍制を整えるが、その際人参を蒸してから乾燥することも定めた。以後、女真は人参の利を漢人から取りもどすことになる。人参は加工法により生晒参、白干参、白抄参などがあるが、漢人がもっとも好んだのはこのヌルハチが考え出した紅参であった。

「ならべておけば売れるほど商いはあまくないってことさ」

「兄者、利を得るにはここが要るってことか」

 シュルガチはヌルハチの頭を指さして嗤っている。

「武も商も手に入れるには時が要る」

「武って。兄者、なに考えてんだ」

 ヌルハチはそれには答えずシュルガチの袖をひいた。

「しっ、兵が来る」

「李成梁のやつらだ」

 李成梁が遼東の遼東総兵官であることは既に述べた。彼の祖先は朝鮮から亡命してきたと言われるが、その系譜に見られる遠祖の名前からして朝鮮人とは言いがたい。やはり女真の小豪族の出とみるほうが妥当である。明朝の武官として乱れていたモンゴルと女真を武力や調略で鎮撫し明朝の中央官僚から全幅の信頼を得ていた。字は如契と云い、成梁は諱である。

 李成梁の強さはその兵にあった。当時は戦いごとに近隣の農民を徴用したが、彼は私的な家丁を多く抱え常傭兵として鍛錬していた。当然、常傭兵のほうが農民兵より強く、戦闘慣れしている。さらには、農民兵は農繁期には徴用できず、戦いは専ら農閑期にかぎられ、戦機をのがす恐れもある。この家丁をかかえる豪族もいたにはいたが、兵を常備するにはそれなりの経済的基盤が必要となり、大豪族か官僚である李成梁以外には難しい。よって、李成梁の兵力は数において他を圧倒していたのである。さらにモンゴルほどには強力ではない女真の鎮圧には自ら手をくだすことなく、地域の有力者に統率をゆだねていた。したがって、この時期遼東における李一族の権勢は一種の軍閥の態をなして揺るぎがたいものがあった。

「そこの満韃子、見かけぬ顔だな」

「スクスフの住人ヌルハチとこちらは弟のシュルガチと申します。よろしくお見知りおきを」

 スクスフはヌルハチ一族がすむ邨である。 その兵はヌルハチらの辮髪をちらっと見るとやや居丈高に言った。

「よろしくされるにはそれなりのものが要る。わかるな、満韃子なら」

 辮髪、つまり女真は頭部のまわりを剃り後頭部に残した毛髪を編んで馬の尻尾のように垂らしている。漢人は総髪であり両者の区別は髪型だけでもはっきりしていた。後にヌルハチら女真が遼東を制すと、そこに住む漢人らは恭順の意志を示すため頭髪を剃った。どうしても辮髪を拒む漢人には「髪を残すか、頭を残すか」と、迫ったのは有名である。

 更に髪型だけでなく、満韃子は服装でも一目瞭然である。ゆったりとして全身を覆う右前の服装を着用する漢人と違い、女真は伝統的に胡服である。胡服は左前であり、袖も筒袖で腕にぴったりと絡みついている。下半身は股引のようなズボンをはき、革の長靴を履いている。すべては乗馬や騎射を迅速且つ的確に為すためである。漢人はこの胡服辮髪を『被髪左袵』として卑しんだ。

 中華文明はその文明外からやってきた文物に胡服、胡椒、胡座、胡桃、胡瓜、胡麻などと『胡』の文字を付け「われらの文明とは異質のものである」と、区別したばかりでなく、『胡説』つまり『でたらめ話』のように西域諸文明を徹底的に蔑視した。

「満韃子」と、呼ばれたヌルハチは俯いて一瞬唇をかんだが、すぐさま笑顔を取り繕った。

「商いをはじめたばかりで市の取りきめもよくわかりませぬ。そのうえ客のいりも」

 ヌルハチは首を左右にふった。

「銭、絹がなければ、その人参でよい」

 それを聞くやシュルガチは慌てて五本ばかりを笊にのせて差しだしたが、その兵は笊を槍でおさえつけた。

「あれにおられるは李将軍である。おまえたちも知っておろう」

 ヌルハチは意を決し、跪くと這いつくばって両手をささげた。

「李将軍様とは、わたしどもは鄙の出ゆえご尊顔を拝したこともなく失礼いたしました。このうえはここにございます人参をすべておもちください」

「兄者」、咄嗟にシュルガチはヌルハチの袖を引いた。兵はその気前のよさにすこし驚いた風であった。

「よいのか」

「将軍様にとって少なすぎるとは思いますが、ごあいさつがわりでございます」

 ついで兵は馬上の李成梁をふりかえった。精悍ではあるが痩身で眼光の鋭い、どこかずる賢そうな男である。疏らな顎髭を扱きながら泰然としてこちらを見すえている。

「いかが致しましょう」

 兵の問いかけには答えず、李成梁はひと呼吸おいて大人を装いゆっくりと馬歩をすすめると、ヌルハチの前に馬をとめ、低い声で言った。

「満韃子、面をあげよ」

 更に続けて、鷹揚に名を訊いた。

「ヌルハチとか申しております」

 先の兵は槍をすかさずひいて佇立した。

「よい度胸じゃ。大商賈になるであろう」

「おそれながら、身は商賈にはなりとうございませぬ」

 面をあげたヌルハチは李成梁を直視してきっぱりと言いきった。

「ほお、わしに口答えするとはますますよい気組みじゃ」

 シュルガチは土下座したままひたすら頭を地につけている。

「おもしろい奴じゃ。時を図って来遊せよ」

 李成梁は馬首をかえすと兵たちにかこまれその場を去った。シュルガチは呆然とヌルハチを見ている。

「やすいもんさ、干すのを誤った人参だ。このままでは漢人に値をたたかれておしまいだ」

「しかし、どうやってつぎの人参を買う」

「おやじ殿に無心でもするさ。あれくらいの人参で李成梁に近づけたんだ。今にあれの何十倍、いや何千倍になってもどってくる」

 ヌルハチが李成梁の一行をふりかえると、そのあとを追う集団が目にはいった。

「あいつらは」

「あいつはニカンだ」

 ニカンはヌルハチと同じスクスフの有力者のひとりで、正しくはニカンワイランという。

「密告ったな、おれたちを」

「おかげで将軍に近づけた」

 ヌルハチは自信があるのか豪快に笑った。

 

 数日後北へ向かうヌルハチの一団があった。シュルガチとのちの五大臣のひとりアンフィヤングである。

 アンフィヤングは手足がながく、いかにも武人然とした体躯である。無口ではあったが舞台映えしそうなおおきな目鼻が彼を特徴づけていた。風はすでに冷たいが、陽射しはつよく、この頼もしげな男は大陸の風景に違和感なくとけ込んでいた。

 一行は従者をあわせて十騎ばかりのの小集団である。小人数とはいえ替馬二頭と荷駄をひく馬をやはり二頭つれている。ひとりだちして間もないヌルハチが馬十四頭を保有しているのは、そこそこに商賈として成功している証であった。

「兄者、おやじ殿もよく金をだしてくれたな」

「利のの三分をよこせ、と仰った」

「タクシ様もお館さまに似てなかなかの商賈でございますな」

「黒貂が手にははいればもうけは莫大だ。それくらいはしかたないだろう」

 タクシ(塔克世)はヌルハチの父、お館とよばれたのはヌルハチの祖父ギオチャンガ(叫場)である。ヌルハチの一族には以下のような祖先伝説がある。

 ある日ブクリ山麓の湖で女人フェクレンが水浴びをしていると、鵲がやってきて紅い実をおとした。フェクレンはそれを食べて身籠もり、そして生まれたブクリヨンションが一族の祖であるとしている。彼は当時あらそっている三部族を平定し王となりその地をマンジュと号した。ブクリヨンションから何代かのちの子ドゥドゥフマンには六人の王子がいた。この六人がニングタ地方の貝勒(王、貴族の意)となり、『ニングタ六氏族』と呼ばれていた。この中の第四子がギオチャンガである。しかしこの系譜は日本の天孫降臨と同様な創世神話であって、信頼できる系譜はギオチャンガ以降である。なぜなら、現在遼寧省の満族自治県にはギオチャンガとタクシの埋葬された「永陵」があるがその以前の墳墓はない。凡そ、チンギス汗の『蒼き狼』伝説の例を出すまでもなく、蒙古、満州、朝鮮半島から日本列島まで同じような創世神話が見うけられる。前述したこの地域の文法の類似性とともに漢民族とは別系統の民族、文化の流れがあるに違いない。

 よって前述した一二世紀の『金朝』とヌルハチの系譜が直接繋がっているとは考えられず、ギオチャンガ一族が近隣を平定したころに系図を創作したのであろう。

 当初ギオチャンガはヘトゥアラを基盤とする奴酋であった。彼は二十から三十名ほどのの部下をつれて撫順馬市へしばしば顕れ、市での権益を確立していった。この人数は当時としてはかなり大きな一派であったが、明朝のあと押しのあるハダとは争うことなくうまくたちまわり、やがて撫順馬市の既得権を拡大して経済力を増し、同時に近隣を平らげていった。ギオチャンガは武勇、商才ともに優れてはいたが、かなりあぶない賭をしたり、また悪辣な振るまいもあったらしくヌルハチの代まで近隣のきこえは芳しくなかった。けれど、彼が女真統一の礎をつくったのもまぎれもない事実である。

 タクシはギオチャンガの四男であるがすでに後継者と目されていた。末子相続のモンゴルとはちがい、女真は漢民族と同様に長子相続が普通である。あいつぐギオチャンガの近隣との戦いにより、長兄のリドゥンバトゥルや次男エルグウェンそして三男ジャイカンは戦死若しくは負傷し、相続ができない状況になっていた。一五五九年、タクシと妻エチメの間に長男としてうまれたのがヌルハチである。

 エチメは次男シュルガチ、三男ヤルガチと一女・アジカをもうけている。タクシには他にも妻たちがおり、ヌルハチにはふたりの異母弟がいた。彼女はのちに宣皇后と称されるが、一五六九年ヌルハチが十才の時この世を去っている。ヌルハチらの継母はヌルハチら三兄弟につらくあたり、タクシもこのエチメの子らを疎んじたのである。この継母は自分の産んだ子を後継者にしたくてヌルハチらを追放しようと企てていたのであった。如何に長子相続とはいえ、相続には母親の存否、出自、妻妾間の力の差がおおきく関与する。

 ヌルハチは十九のときにトゥンギャ氏族の娘ハハナジャチンを嫁に娶ると、追い出されるようにひとりだちをする。シュルガチも独立するヌルハチに従うが、わずか十四であった。シュルガチにとって頼れる身内は兄ヌルハチだけであったであろう。シュルガチは兄の手足となってある時期まで野望を援けていくが、しかしある時期までとはヌルハチの出世以前のことであって、やがてふたりは天下取りの競争者となっていく。

 タクシは凡庸であったが心のやさしい一面があった。後妻を気づかいながらもふたりは実の子である。ヌルハチに幾ばくかの奴僕をふくむ財産を与えた。この小集団に属する従者ももとはタクシの奴僕であり、人参や黒貂を入手するもとでもタクシから分与されたのである。

「そろそろ開原だ。気をゆるすな」

「ヌルハチ様、フルンの奴らが襲ってきたら」

 ヌルハチはそれを遮ってつづけた。

「手をだすな。俺たちはハルビンまで先がながい」

「兄者、それなら開原を避けるがよいのでは」

「いや、馬市で貂の値をみたい」

 黒貂はアムール川(中国名は黒竜江)近辺で産することは先に述べたが、近頃ではその狩猟者たちはハルビン(哈爾濱)近郊で市をたてている。無論、開原でも黒貂を購うことはできるが、フルンが既に利をのせている。

「開原の値をみて、ハルビンでの値ぎめをするというわけですな」

「さすがにフィヤングは巡りがよい」

 アンフィヤングはヌルハチを護るように先頭をきって馬をすすめている。見わたすかぎりの枯れ木のなか、馬蹄は枯れ草と土埃を舞いあげ、一行は寒風を左右に振りわけて疾く。

「誰かくる」

 シュルガチが叫んだ。

「歩をとめるな、フィヤング隊列を膨らませろ」

 ヌルハチは取り囲まれないよう、全員に警戒態勢をとらせてすすんだ。

 前面の一隊はアンフィヤングの前で馬をとめると、間髪をおかず膨らんだヌルハチの一行をひとまわりおおきく囲んだ。その数、十数騎である。その総てが胡服、辮髪である。

──喧嘩慣れしてやがる。

 ヌルハチはそう感じたが顔にはださず笑みをうかべた。相手の長らしき者がその周りをゆっくりまわっている。年はヌルハチよりやや年長であろう。やはり女真らしく長身痩躯で猜疑心の深そうな眼をしている。一行に緊張が走ったとき、その長らしき者が短く言った。

「マンジュか。どこへゆく」

「いかにも、スクスフのヌルハチという」

「スクスフか、ギオチャンガの一派だな。阿漕な奴だ、強引な手をもって撫順の市を仕切っているらしいな」

「ギオチャンガは俺の祖父だ。そのほうは」

 ヌルハチの眼には気が籠もっている。

「ギオチャンガの孫だと、さすがに尊大な奴だ」

「名を訊いている」

「ハダのメンゲブルだ」

 メンゲブルはやや気をくれしたかのように答えた。ハダがフルン四部の一部族であることはすでに触れた。ハダでは李成梁が懐柔しやすいワンハンを部族長として統御させていた。明朝の後ろ盾をもつワンハンの権勢は他の女真を圧倒していたが、その死後、あとを襲ったのはその長子フルガン、そして孫のダイシャンである。ダイシャンは祖父ワンハンに比べると人望、力量ともに部族民にとっては不満足であった。やがて彼はハダの宿敵イェヘのナリムブルに謀られて殺害される。ダイシャンの子は幼く、明朝はワンハンの末子メンゲブルにハダを継承させた。メンゲブルが部族長になるのは一五九一年あたりなので、ヌルハチが彼と出くわしたのはその十数年前のこととなる。

「名は聞いている」

 メンゲブルと名乗った男は満足げにあたりを見まわした。

「マンジュが俺を知ってるとな」

「そのメンゲブル殿がわれらになにか」

「お館さまから開原の警備をまかされている」

 ヌルハチは一瞬考えをめぐらせ、背筋をのばすや凛然と言った。

「俺たちは開原へいく途中だ。貂をみたい」

 メンゲブルのくちもとが意味ありげにほころんだ。

「客か、なら俺たちが案内しよう」

 ヌルハチとメンゲブルは馬をならべて歩きだした。ヌルハチの横にはアンフィヤングがぴったりとつけている。

「あれだ」

 メンゲブルが指さす方にさしておおきくない城門がみえてきた。

 明朝は中華全土を経営するのにあたり各地に都指揮使司(都司)を措き、軍事組織の基本単位とした。そしてこの都司の下部組織として多くの衛所を配置した。行政の中心が広寧にあり、軍事の中心は遼陽にあった。開原は単に明朝の最前線の街のひとつであり、現在の西安の城塞や北京の紫禁城の巨きさを想像してはならない。

「これが貂だ」

「値は」

「賈人にきけ」

 フルンは黒貂を売り、専ら漢人から農耕具や牛そして綿入れを買っている。

 ヌルハチは市の雰囲気に慣れてくると、フルン以外にも黒貂を鬻ぐ者がいるのに気がついた。言葉と服装がちがうので容易に見わけがつく。かれらは黒貂を売り銀、絹の緞子や綾織りの綿布そして銅、錫を手にいれている。

──小さくて軽く、そのうえ値の張るものが要る。 

 ヌルハチはシュルガチとアンフィヤングをふりかえり、小声で囁いた。

「すべての人参を絹布、綿布、そして銀、銅の小粒に替えてこい」

 メンゲブルは馬首をヌルハチに向け、探るように聞いてきた。

「マンジュ五部はうまくいってるのか」

「われらは遠祖にブクリヨンションを頂き、同じ血がながれる兄弟だ。いたって良好だ」

「かくすな。噂はきいている、南のドンゴや李将軍ともしっくりいってない部族もあるというじゃないか」

「それは、お主らフルンも同じであろう」

「われら、ハダは明の覚えもよく、フルン四部の結束も堅い」

 事実この時代の各部族は馬市の既得権争いや明への入貢の権利争奪によりみだれにみだれていた。これが大乱とならずにかろうじて命脈をたもっているのは、部族間の政略結婚や明朝への賄賂によってである。

「メンゲブル殿、陽も暮れた。われらは宿へむかうが」

「貂は」

「貂は値が高い。われらには手が届かない」

「マンジュには貂の商いはちと無理か」

 メンゲブルは哄笑すると馬首をかえした。

「婚儀か戦場でまた会おう」

 メンゲブルはヌルハチからやや離れると配下のひとりを傍らによび「あとを追え」と、耳うちして去っていった。

 

 翌朝ヌルハチは宿を出ると、あまりの寒さに両手で耳をおさえた。枯れ木にとまる小鳥もまるで凍っているように身動きひとつなくただ羽を膨らませて固まっている。

「シュルガチ、昨日のメンゲブルをどう思う」

 シュルガチは馬の吐くまっ白な息をあびながら「どうって」と、言い鬣をなでている。

「われらの情報も丹念に集めているようで、油断はなりません」

 アンフィヤングがかわりに答えた。

「おまえもそう看たか」

「兵たちも、実戦なれしておりまする」

「シュルガチもフィヤングを見倣え」

「わかった」と、シュルガチは答えはしたが、兄者がすこし遠くへいったような気がした。

「シュルガチ、先頭にたて。イェヘ、ウラと気を怠れぬ地がつづく」

「兄者、ウラさえ過ぎればハルビンは眼と鼻の先さ」

「ウラの奴らがすんなりと通すとは思えんが」

「みな、気をぬくな。荷をたしかめよ」

 アンフィヤングは従者に気をいれるとヌルハチの横に馬を寄せた。従者たちはすでに騎乗して荷駄をかこんでいる。

「ウラを一気に駈けぬけるぞ」

 ヌルハチはそう言い放つと鞭をいれた。

 

イェヘを過ぎた頃から頻りに雪が降ってきた。雪が視界をわるくしている。その雪に混じって一行を遠巻きにする姿が見え隠れしはじめた。馬数も少なく襲ってくる気配はない。

「物見だ、放っておけ」

「ヌルハチ様、開原から尾いてくる者がいるのにお気づきですか」

「メンゲブルの手のものだろう」

「兄者、この雪では野営ができぬぞ。ちかくに邨も見えぬ」

「陽も暮れる。腹もへった小休止だ」

「こんなところで。兄者気は確かか」

ヌルハチは草原の一角を指さすと移動を命じ、中央部の枯れ草を円形に刈りとらせた。そしてその中心に火を焚くとさらに枯れ木をあつめさせた。

「めしの用意をしろ」

「めし」とはいえ小麦粉を練って薄くのばした麺と干し肉である。沸かした湯に岩塩と麺をつけヌルハチらは急ぎ腹を充たした。全員の頭上には白い綿帽子がのっている。

「火を盛んに焚け、のこった草木を編んで人と馬に擬せよ」

 アンフィヤングはヌルハチの意図を合点して従者たちを忙がせた。

 深更、月は上天にあり、雪はうっすらとつもっている。そしてあたりは漆黒の闇である。遠目にはヌルハチたちの影が焚き火をまえにして闇の中に浮かびあがっている。

「馬に轡をかませ、音を消してこの場を去る。火を幽かに保て」

「荷駄の輪に濡れた藁をまきつけよ」

 積もった雪が荷駄の音を消すであろうが念には念を入れた。アンフィヤングが素早く従者たちに指示をあたえている。荷駄を先頭にシュルガチが叢を離れ、アンフィヤングが最後に脱するとあとには馬と人の形をした枯れ木のみがのこっていた。

 

 数日後ヌルハチらはハルビンにいた。ここハルビンでは眼にみえるものの凡てが凍てついていた。

 ヌルハチはシュルガチとアンフィヤングをそばへ呼び寄せると、小声で指示をした。

「よいか、開原の値を頭にいれて絹、棉、銀、銅いずれがより多くの利が乗るか考えて貂を集めろ。相手の賈人が何をもっとも欲しているかを考えろということだ」

「奴らは漢人や女真とはちがう。商いも欲するものも異なる。情はすてろ、利を一番に慮れ」

「色は紫黒に限る。茶や白は控えろ。尾のないものは論外だ」

 この的確な指示にヌルハチの本質をみる思いがする。ヌルハチは武をもって太祖となるが、その礎を築く時期はあくまで商賈であった。

 中華の地理的認識では女真はひと紮げであるが、ヌルハチからみれば東北最深部はマンジュやフルンとはちがう蛮族である。この地に棲む人々は当時ギリヤーク、オロッコなどと呼ばれていた。交易するこれら諸民族のなかで中心をなすのはギリヤーク人であり、のちにニヴフと呼称を変える。かれらもまた女真と同じツングース語族に分類され、なんとかであるが言葉は通じる。

「親爺、いい紫貂はあるか」

 中国では黒貂は紫貂と言う。

「ウチには悪いものはおいてないね」

 ざんばら髪に値がつかない黄土色の黄貂の帽子をかぶり、襟元や袖口にも黄貂の縁取りがある。

「商いはどうだ」

「旦那はフルンかい」

 ギリヤークらしき親爺はヌルハチの辮髪をみるとそう訊いた。

「漢人ならおことわりさ。やつらはアレコレ言って値を叩くうえに粗悪な鍋釜と交換していく」

「マンジュはそんなことはしねぇよ」

「マンジュか、ここいらじゃ珍しいな。もっとも近頃じゃ白くて馬鹿でかい奴らはみかけるが」

 ギリヤークの親爺が『白くて馬鹿でかい奴』がロシア人であることを知るよしもない。

 ロシア人が黒貂を追って東進するのはこれよりすこし後のことであるが、調査目的の先遣隊は時折見うけられていた。

 ロシア(モスクワ公国)は黒貂を他の西欧諸国へ輸出して国家財政の基盤をたてている。かれらコサック兵は鉄砲で原住民を脅かし、ヤサーク(毛皮税)を取り立てた。

『東洋には黄金郷がある』

 これが西洋キリスト教徒の合い言葉であった。

「漢人から聞いたことがあるが、その白くてでかい奴らには気をつけろ。赤鬼と呼んでるぜ」

「漢人が怖がるなんて、相当なやつらなんだろう」

「へたに家に呼んで飲み食いさせると、女房子供を掠われるぜ。そして、挙げ句の果てに貂や銭金を根こそぎもってかれる」

「そんな怖いやつらか」

 ギリヤークの親爺は脅えた目つきでヌルハチのことばに聞きいっている。

「親爺、兎に角そこの貂はみんな貰うぜ、支払いは銀だ」

 あたらしく黒貂獲得争いにはいってくる奴らがいる。

── これは値が騰がる。

 ヌルハチはそう読んだ。

 果たして、時代がさがりアムール川流域の黒貂が枯渇しはじめると、その価格は暴騰し、江戸幕府は松前藩を通じて樺太産や質の落ちる北海道産を山丹人へ売り捌いた。山丹人とは前述のギリヤーク、オロッコ、オルチャそして広義においてはアイヌも含まれる。

 清王朝の絹の緞子は女真、山丹人、アイヌ、松前と長い旅をして江戸幕府へ献上され蝦夷錦と名をかえる。山丹貿易である。

 ヌルハチはその後もハルビンと撫順を往復し、その利をもって兵馬を整えた。

 

 ヌルハチらは黒貂を荷駄に山積みすると水と食料も補充した。

「フィヤング、帰路はウラ、ホイファの東をまわる」

「貂は藁をかぶせて隠しておけ」

「帰路を急ぐ、シュルガチ、先導せよ」

 シュルガチを先頭に一行は馬速を早めた。

 ハルビンから徐々に南下しているが、依然として寒気はゆるまず雪もちらほらとふっている。

 ヌルハチらは牡丹江の下流まで到達し、東にニングタ一族の部落を西にウラを望む地へはいっていく。東西をこの二部族に挟まれた回廊をすぎればマンジュの地はちかい。皆の気もゆるんでくる。荷駄はグディとジュグという二名の従者がひいていた。

「スクスフを出て十日はたつぜ」

「嬶も抱いてやりたいし、あつあつの狗肉も喰いてぇ」

「赤狗に赤辣子を擦りこんで」

「じゃんじゃん火を焚いてな」

「それとも羊を丸ごと茹でたのが先かな」

「酒もしこたま飲みてぇや」

「グディ、ウラが近いぞ。無駄口をたたくな」

 アンフィヤングが二人をふり返ったときだった。何本かの矢がが一斉にふりそそぎ、そのうちの一本がジュグの背中に撃ちこまれた。

「敵だ、あたりを窺え」

 ヌルハチらの後方に十数騎の武装した集団があらわれた。前方にも同数の集団が見えかくれしている。

「あの丘へ登れ、急げ」

「ジュグを荷駄にのせろ」

 アンフィヤングが叫んだ。

 雪がすこし強くなったようだ。ヌルハチらのいる小高い丘は前後を敵兵に挟まれ、その包囲網はすこしずつせばめられてくる。雪中とはいえ、あきらかにヌルハチらは敵の視界にさらされている。

「ヌルハチ、その荷をおいていけ。さすれば助けてやる」

「なにやつだ」

「ウラのブガンの子ブジャンタイだ」

 往路姿をみせた物見もいる。ブジャンタイと名乗った男はヌルハチと同年代の小柄で手足が短い小心者に見えた。逆三角のちいさな顔に白目がちの眼がきょろきょろと動いている。

──鼠のような冴えないツラだ。

 丘の下からは二十数本の矢がこちらを狙っている。ブジャンタイは相変わらず眼をせわしなく動かし落ちつきがない。

「ヌルハチ、おまえらの行動はメンゲブルから聞いている」

──あのときあとを尾けていた者か。

 アンフィヤングがヌルハチに眼で応えた。ヌルハチはふる雪を見あげ、小さな声でシュルガチに指図した。

「荷駄の貂を気づかれぬよう、おのおのの馬に振りわけろ」

「グディ、ジュグはどうだ」

「すでにこと切れております」

「ジュグを替え馬にのせ、荷駄に枯れ草をつめ。皆、兜をつけろ」

 貧しい女真には鉄製の兜も鎧もそろってはいない。ほとんどが革か厚手の綿入れである。唯一、ヌルハチだけが鉄の短冊を重ね合わせた鎧を着用していた。

「ヌルハチ、心は決したか」

 ブジャンタイは馬を右左に回頭させ、気ぜわしく動いている。

「もう待てぬ、矢をはなて」

 丘の頂上を目指して矢が一斉に襲ってくる。ヌルハチは刀で矢を打ちはらうと、鋭く下知した。

「荷駄に火をつけよ、馬に鞭をいれよ。一気に駈けぬける」

 グディは荷駄に油をかけると火をつけた。無人の荷駄車はブジャンタイにむかって崖を転がりおちていく。

「火のかたまりが上から降ってくるぞ」

 ブジャンタイの兵は驚き左右にわれた。

「刀をもって囲みをぬけろ」

 ヌルハチを先頭にして九騎が囲みをわった。

「追ってくる者は矢で応戦しろ」

 意表を衝かれたブジャンタイが、気をとりなおし「追え」と、叫んだときヌルハチらは数十メートル先を疾駆していた。

 あたりは降りしきる雪で遠目が効かない。

「ヌルハチは侮れぬ」

 ブジャンタイは呟くと兵をおさめた。

 

「兄者、危なかったな」

「ヌルハチ様の駆引きは見事でございました」

「天に佑けられた」

 雪が先ほどより強くふっている。ヌルハチは両手を天にささげると、からだいっぱいに謝意をあらわした。

「こちらの損傷は」

 アンフィヤングが辺りを見まわすとグディの姿も消えている。ジュグの遺体を護っているうち逃げおくれたらしい。

「可哀想なことをした」

 ヌルハチは手首から数珠をはずすと頭上にかかげ、もう一度天にむかって祈りをささげた。

「ジュグとグディの父母、妻子にむくいてやれ」

──ヌルハチ様は戦にも優れ、奴僕を思

う気もやさしく、われらはよい主人をもった。

 アンフィヤングのみならず総ての従者の心がひとつになった。

「兄者このうえは一時もはやく黒貂を市へ」

「シュルガチ、売りさばくのは半分だ」

「なんと、半分もおやじ殿へ」

 ヌルハチは眼を細めくちもとをほころばせ「否」と、言下に否定した。

「では」

「李成梁にくれてやる」

 シュルガチとアンフィヤングが無言で互いを見やると、ヌルハチは一目散に広寧へ駈けた。

 

 広寧の城門をくぐり、李成梁の門前に馬を繋ぐとアンフィヤングは声高に叫んだ。

「ヌルハチが李将軍にお目どおりを願っております」

「ヌルハチが参ったとな」

 李成梁は卓子の前にすわっていた。その板敷きの前は一段低くなっており一面に磚が敷き詰められている。シュルガチとアンフィヤングはその磚の上に黒貂を堆く積んだ。

「おお、これは」

 李成梁の眼はだらしなくさがり、くちもとには下卑た笑いが溢れている。

「ヌルハチ、ここへ」

 李成梁は椅子をひくと手招きをした。

「お言葉にあまえて参上つかまつりました」

「覚えておったか」

「人参だけではヌルハチのことをお忘れになると思い」

 李成梁は「そうか、そうか」と、満足げである。

「ヌルハチに酒を持て」

「私は嗜みません」

 ヌルハチは手をふると、はにかむように笑った。

「酒を飲まんとな、ヌルハチは金と女しか興味がないと」

 李成梁は部下達をを見まわすとさらに下卑た笑いを見せた。

「では、ヌルハチあれをやれ」

 李成梁の部下が恭しく書き付けの束をもってくると、立ったままの姿でヌルハチに突きだした。

「勅書である。心していただけ」

 勅書が明朝への入貢の手形の役割をし、フルンやマンジュの有力な部族長に一括してあたえられていたことはすでに述べた。ヌルハチが勅書を得たことは、それをちらつかせば他部族に影響力を行使できることを意味している。

 シュルガチは眼を見張って頷いた。

── これだ、これを兄者は欲しかったんだ。

 アンフィヤングも今さらながらヌルハチの深謀に感嘆した。

── われらが主人は唯の商賈では終わら

ぬ。   

 ヌルハチらが屋敷を辞すると、李成梁はひとりごちた。

「メンゲブルよりヌルハチの方が将来使えるかもしれぬ」

 

 

  第二章  スクスフの主へ

 

  一五八三年正月の祝宴、ヌルハチは祖父ギオチャンガの屋敷にいた。

 門をくぐるとさしておおきくない中庭があり、まわりを瓦葺きの建物がかこんでいる。

 マンジュの家屋の特徴は盛土にある。まわりの土を掻き揚げ、建物をつくる部分に高くつみ版築する。一般の民家は壁と天井をあつく土で塗りかため、屋根を草で葺くが、ギオチャンガは部族長である。屋根は瓦で葺いている。

 陰暦の二月である。戸外はすべてのものが死んだように凍りついているが、屋敷内は正月の客が犇きあい、互いの体温で暖められていた。正面からはいると左右に大小の部屋があり、双方ともに『コ』の字型に一段高く板が敷いてある。中央の低い部分には李成梁の屋敷とおなじ磚が敷きつめられていた。これも瓦葺き同様、一族の豊かさをあらわしてる。おおきい部屋の正面にはギオチャンガが陣取り、両隣には妻妾たちが座していた。そしてその横にはタクシと一族の主だった親族や重臣が占めている。

「ヌルハチは相変わらず飲まんのか」

 ギオチャンガは上機嫌であたりを見まわした。その視線の先に、ヌルハチとシュルガチそして三男ヤルガチら同腹の兄弟が末席にかたまって座っている。

 ヌルハチの妻子や親族の女達は一族の長との同席は許されず、ちいさい方の部屋で正月を祝っていた。アンフィヤングもヌルハチの幹部とはいえギオチャンガにとっては陪臣である、同じ建物内に列席することは許されていない。

「酒はからだが受けつけませぬ」

「では、ヌルハチには嫁でもとらすか」

「ひとりおりまする」

「ひとりの女で満足するようではこまる」

 この時代、マンジュやフルンの地は少数部族が分立し、群雄割拠の観を呈していた。一族や兄弟であってもおのれの覇権のためには戦いも辞さない構えである。弱小勢力にとって、強者の庇護を求めるのは生きのこるための手段でもある。そのため部族間では屡々政略結婚が行われていた。ギオチャンガも長子リドゥンの娘をグレ城のアタイへ嫁がせていた。そしてグレ城の一族もフルンのハダと姻戚関係を結んでいる。

「おまえはタクシのあとを継ぐ身じゃ、嫁は何人いても多いことはない。われら女真は、漢人にくらべて人が足りぬ。ひとりでもおおくの子をなすのが一族の長たるもののつとめじゃ」

 まわりの親族や重臣たちはヌルハチを見て笑ったが、同時にギオチャンガの後継者に関する考えに納得しているようである。

「ところでヌルハチ、グレ城のアタイより援けを求められておる」

 時代を遡ると、グレ城の主ワンカイ(王杲)はマンジュの統率者であって、一時期ギオチャンガも彼の庇護のもとにいた。

「ワンカイ亡き後、息子のアタイが明に楯突いて、李成梁様がご立腹ということじゃ」

「楯突くというより、父の仇といったほうが」

「わかるが、相手が李成梁ではその理屈は通りはせぬ」

 当時、ワンカイと明の官僚は馬市の権利をめぐり対立しており、ワンカイは自己の力を過信し、明領へたびたび攻め込んでは草を薙ぐように漢人を殺害していた。ワンカイはほんの僅かな期間明領を占領したこともあったが、李成梁の報復により捕らえられ北京にて刑死する。その結果、ワンカイ一族の勢力が弱まると、ギオチャンガはワンカイの既得権の多くを奪いとり、ヘトゥアラ付近の土豪として勢力をのばしたのである。アタイは父の仇を討つべくたびたび近隣諸部族を引きつれて明領へ攻めこんでいた。李成梁は一五八二年、壊滅的打撃をアタイにあたえるが、しかしアタイは無謀にも反抗するのをやめなかった。怒った李成梁は翌年大軍をもってグレ城を囲んだのである。

「相手は李将軍でございます。われらもよき関係も築いております」

「わしの孫がアタイに嫁いでおる。おまえのまた従兄であるぞ」

 ギオチャンガには数えきれないほどの孫がいる。そのひとりの孫と李成梁との関係を天秤にかけるはずもない。その心底は、どさくさに紛れてグレ城を自領にする魂胆にあった。

「ニカンも行くといっておる」

 スクスフの他方の勢力がニカンであることはすでに述べた。ヌルハチの頭に撫順の馬市で李成梁のあとを追うニカンの姿がよぎった。

「ニカンは俄には信じがたく」

 ヌルハチが言うやいなや、今まで口をさし控えていたタクシが躰をのりだした。

「ニカンはわしには忠実だ」

「ニカンはタクシに懐いておる」

 ギオチャンガの眼光にはいかなる反対も許さぬ凛然としたものがある。

「今回は利用するだけじゃ。そのうち奴らも平らげる」

「今回は利用するだけじゃ。そのうち奴らも平らげる」

 ヌルハチはシュルガチを見た。

 ──お館さまには逆らえぬ。

 シュルガチの眼はそう言っている。

 

 グレ城は撫順の東方にあり、ギオチャンガの本拠地ヘトゥアラの北西に位置している。そしてニカンはグレ城のやや西方のトゥルン

城主であった。 攻城戦は城の一方をあけておくのが常道である。城内には一般の住民も住んでいる。かれら若しくは戦意のない兵を遁すためである。ギオチャンガはタクシとヌルハチを伴ってそこより入城した。無論それぞれに数十名の兵が従っている。

 ニカンがやや遅れてウラ城へはいると、李成梁はまるでそれを待っていたかのごとく遮二無二攻めたてた。寄せ手は雲霞のごとく押しよせ、すくなくみても籠城側の三倍に達している。兵の余裕のないアタイは防戦一方であった。城内は流言飛語が飛び交い、逃げまどう住民らで大混乱をきたしている。

「これは負け戦だ」

 タクシはニカンに尋ねた。

「アタイに義理は果たした。兵をひくか」

「李将軍が見すごすと思われるか」

 タクシは返答できずにいた。

「わたしによい考えがありまする」

「銭か、女か」

「アタイの頸でございます」

 タクシはおもわず息を呑みこみ、一瞬の沈黙がながれた。

「まさか、将軍にたのまれたのか」

 ニカンはそれには答えず、意味ありげな笑みをのこして城内深く走りさった。 戦闘は勢いをましてくる。ヌルハチやシュルガチは他方面で戦っ

ているらしく、あたりに姿はみえない。

 ──ヌルハチが生きておれば、わしは討死にしてもかまわぬが。 タクシはギオチャンガのそばを離れず、いざとなれば父のみ落とすつもりであった。

「アタイ様が討ちとられた」

 誰かが叫んでいる。

「裏切りじゃ、側近の裏切りじゃ」

 ──ニカンめやりおった。

 タクシはすべてを覚り、ギオチャンガの背をおして退却を決意した。

 「どういうことじゃ」

 ギオチャンガは状況がわからず狼狽している。タクシが先ほどのニカンとのいきさつを説明した。

「アタイの首とおのれの出世を引きかえる約束があったようでございます」

「李成梁とか」

 タクシは静かに頷き撤兵をうながしたが、勢いづく明軍は城門を蹴破って一気呵成にはいってきた。城内の至る所で阿鼻叫喚の地獄図が展開している。多勢に無勢である、ギオチャンガとタクシはたちまち明兵にとり囲まれた。

「ギオチャンガであろう、温和しくしていれば命まで貰おうとは言わぬ」

 身分の高そうな将兵である。ギオチャンガとタクシはその言を信じた。ふたりは李成梁の前に引きだされ、後ろ手に縛られ跪かされ

た。

 李成梁の傍らにニカンがべっている。そのくちもとは笑っていたが、ニカンは李成梁を仰ぎみてふたりを指さすと、そのくちもとから笑いが消えた。そしてややつりあがった目に意地悪げな光が宿っっている。ギオチャンガは悪い予感を感じ先ほどの将官を探したがあたりには見あたらない。

「この者たちがアタイを唆したときいております」

「何をいう、ニカン」

 タクシは叫び、立ちあががろうとするところを兵に突きとばされた。

 ニカンはタクシの顔を踏みにじり眼をほそめた。

「ギオチャンガの孫娘を送りこみアタイを誑かしたに相違ありませ

ん」

「貴様、恥をしれ」

 ギオチャンガは目をとじている。

 ──ヌルハチの話に耳をかたむけるべきであった。

「馬市の世話役に抜擢してやったのは誰か、大恩ある将軍様に弓ひくとは鳥獣にもおとるふるまい」

 李成梁は凛として咆えた。

「頸をはねよ」

 それを聞くやタクシは狂乱し泣きさけんだ。

「それはちがう、ニカンの陰謀だ」

「見苦しいぞ、タクシ。気を静めよ。武運は尽きた」

 ──ヌルハチ、あとを頼む。

 ギオチャンガは天を睨んでつぶやいた。

 

 アンフィヤングら兵たちはヌルハチとシュルガチを囲むように奮戦していた。しかし寄せ手はふえるばかりである。そこへ、ギオャンガからの伝令が駆けこんできた。

「お館さまとタクシ様が捉えられました」

「なんと」

「頸を刎ねられたもようです」

「ニカンの裏切りによって、アタイ様もすでに討死にされたと」

 ヌルハチは天をあおぎ瞑目した。

「やはりニカンの奴が謀ったか、おやじ殿の仇を討たねば」

 いきりたつシュルガチの肩をヌルハチは抱いて諭すように言った。

「われらも狙われておろう。ニカンはいつでも討てる。ここはひとまず城を脱ける」

 とは言ってはみたが、城内は前後左右がわからないほどに混乱している。

「此方へ」

 ヌルハチのそばへ小走りに寄って、耳許で囁いた者がいる。

「長白山、ニオフル族のエイドゥと申します」

 エイドゥと名乗った年若の男は色白長身で女真には珍しくふたえ瞼である。そのうえ凛とした眼は濃い眉毛で飾られてる。 アンフィヤングが素早くヌルハチの前に立ち塞がりふたりの間を

保った。シュルガチも身構えた。

「なに者だ」

「長白山のハスフの従兄にあたります」

 朝鮮との国境に隣接する長白山にはジュシェリとネイェンの二部がある。ヘトゥアラの東方にあってさほど遠くはないため、古くから交流があり、ヌルハチも人参の交易でなんどか訪れていた。

「ハスフとのつき合いは長い、またその母御もよく知っておる」

 エイドゥは幼くして両親を亡くし、叔母に引きとられハスフの家にに住んでいた。

「ハスフの母に育てられました」

 ハスフの母親なら人柄もよく、古いつきあいである。ヌルハチは安堵した。

 ──信じられそうだ。

「案内せよ」

 アンフィヤングが兵を纏めると、エイドゥを先頭に全員が槍の穂先を揃え城外へ出た。このときのエイドゥの見事な先導ぶりはヌルハチを驚かせるに充分であった。

「礼をいうぞ、エイドゥとやら。これからもわしのもとで働け。わがマンジュには夢がある」

 このエイドゥとアンフィヤングがヌルハチのもっとも古い家来であり、ともにヌルハチをたすけ獅子奮迅の働きをする。のちにヌルハチに帰順するフィオンドン、ホホリ、フルガンとともに五大臣を構成することになる。時にエイドゥ十九であった。

 

 李成梁は戦況報告に満足げであった。

「将軍、ヌルハチは見つかりませぬか」

 李成梁がふり返るとニカンがあきらかに焦りの表情で突ったっていた。

「ヌルハチら兄弟をはなてば、さきに禍根をのこしましょう」

 李成梁はすこし考えるとやがてゆっくりと言った。

「ここはトゥルン城に近い。グレはおまえにやろう」

「ありがたきしあわせ。このニカン、将軍のため精一杯はげみまする」

「ヌルハチらは放っておけ」

「はっ、しかし・・・・・・」

「奴はまだ雛じゃ。親鳥をうしなっては生きてはいけぬ」

 李成梁のくちもとはわずかに綻んでいる。ニカンもこれ以上の抗いはかえってまずいと思い頭をたれた。

 ──ヌルハチならやがて立ちなおり、このニカンを牽制するであろう。 言葉とは裏腹に、李成梁は考えたのである。明朝の伝統的政策『夷

を以て夷を制す』が垣間見える。

 このあとヌルハチは気がおさまらず、「罪もない祖父と父を刑殺した」 と、明朝に再三強く抗議する。根負けした李成梁はこれに応じて

二人の遺体をかえし、勅書と馬をもって賠償した。ヌルハチを温存したのである。

 ギオチャンガの遺志にしたがい、親族と重臣一同は跡継ぎにヌルハチを樹てた。ここにヌルハチはニングタの貝勒のひとりとなった。一五八三年、ヌルハチ二四である。遺産となる父の残した鎧はわずか十三といわれている。

 ヌルハチはどうしてもニカンを赦すことができない。祖父と父の仇を討たねば一族の矜恃をたもてず統率にみだれがでる。

「ニカンを引きわたしてほしい」

 と、明朝に訴えた。 しかし明朝はヌルハチの度重なる要求に腹をすえかねた。

「たまらんぞ、ヌルハチの執拗さには」

 ヌルハチより御しやすいとみた明朝はニカンを養護するがわにまわったのである。

「スクスフはニカンが統べよ」

 明朝の一方的な宣言にヌルハチは激怒したが、スクスフの諸部族の多くは明朝の後ろ盾を得たニカンにつくようになる。生前のギオチャンガに従っていたなかにも、その死によって離反する者が続出していた。ギオチャンガが強引に近隣を切りとったことに対する不満が続出したのである。その不満の矛先は後継者ヌルハチにむけられた。明朝の宣言はそれをあと押しする形になったのである。

 このことによってヌルハチは一族内や近隣部族に敵対され、しばしば刺客によって命をねらわれるようになるが、ヌルハチは刺客を捕らえた場合でも、ふかく詮索することもなく解きはなった。ギオチャンガを継いだばかりのヌルハチには事を荒だてるほどの余裕も力もなかったのである。

 けれども、天は常に一方に肩入れをするばかりではない。ニカンの悪辣な行状や不義理な性格に不満をもつ者もすくなからずいて、かれらはヌルハチのもとへ参集した。ここにスクスフは真ふたつに割れることになる。

「馬鹿な奴らだ。ともに争ってともに弊れるがよい」

 李成梁はつぶやいた。

 

 同年五月ヌルハチは宣言した。

「ニカンを討つ」

 というのも明朝の後押しをうけたニカンは増長し、こともあろうかヌルハチに従属をせまったのである。

「父の仇にしたがうわけにはいかぬ」

 しかしその陣容は、ヌルハチにしたがう者約百名、そのうち武具をまとう者はわずか三十名という有様であった。

 ヌルハチは不安がる一同を見まわしていった。

「サルフからノミナが兵をつれてくる」

 サルフ城は撫順の東方、トゥルン城に近い位置にある。やや離れて東南にあるヘトゥアラとはトゥルン城を挟み撃ちできる戦略的要地であった。だが、ニングタの貝勒のなかにはヌルハチの台頭を快く思っていない連中がいた。そのひとりであるロンドンの妨害にあいノミナと合流できず、そのうえヌルハチの行動もロンドンによってニカンに筒抜けであった。

「兄者、ニカンはすでに逃げた」

「明領へはいったかもしれませぬ」

 ニカンは西へ走り、ジェチェンのギャバンまで逃れていた。ジェチェンはマンジュ五部のひとつである。遠くはないが、この時期のヌルハチが単独で追うには兵力に不安があった。

 九月にはいるとヌルハチは再度兵を挙げた。陽射しは弱く野の木々はすでに枯れている。

「ノミナはあてにならず、近隣より兵を募れ」 ヌルハチにはこの

度こそニカンを捉えるという不退転の意志が漲っている。が、その機先を制すようにエイドゥの手のものから報せがはいった。

「またもやロンドンの策謀によりノミナは寝返りました」

「ニカンも通報を受けふたたび逃亡したもよう」

 ヌルハチの顔は怒気をふくんで見る間に朱に染まっていく。

「ノミナも許せぬ」

 エイドゥは逸るヌルハチを宥め、冷静な判断を示した。

「ニカンを討てば、ノミナは朽ちはてましょう。ここはニカンが先でございます」

 ヌルハチはいつもの冷徹さを取り戻し、主を失ったトゥルン城を激しく攻めこれを陥とした。エイドゥもヌルハチのもと初の戦であり、戦功著しいものがあった。

「ニカンは見つからぬか」

 シュルガチが血刀を提げたままぶっきらぼうに言った。眼が据わっている。

「やつはまたもや明領近くまで逃げ込んだ。追いかけて一気に殲滅するほかない」

ヌルハチはひと呼吸おいて、思案げにつぶやいた。

「ノミナに背後を襲われたらまずい」

 アンフィヤングを呼んで兵の一隊をあたえ、ノミナを牽制するよう命じて一目散で西へ駈けた。

 ヌルハチがニカンに追いつくと、すでに明兵が多数出張っていた。明との国境の手前である。ヌルハチは勢い立つ兵をとどめた。

「見よ、シュルガチ。明兵の軍装の華美なること」

 ヌルハチ軍の軍装は胡服の上に各々が革の胴衣をつけただけであり、兜と謂えば円形の縁取りのある三角帽子が主である。その素材も綿入れ、刺し子、かろうじて鉄製も見うけられる程度であり、色も形もてんでばらばらであって、遠くから見ると村祭りの一風景を見ているようである。

 翻って、明兵のそれは色や形も素材も統一され大舞台の群舞を彷彿させる。兜も鉄製であり、鎧も鉄の小冊をつなぎ合わせ、いかにも戦闘がし易いようつくられている。隊ごとに『李』と染め抜かれた幟を持ち整然と隊列を為している。

 まわりには漢人らが干し草を集めながら両軍を見ている。

「乞食の群れが王の行列に挑みかかるようじゃ」

 さほどに満韃子の軍装はみすぼらしく、シュルガチも溜め息をついた。

「李成梁との一戦はさけたい」

 エイドゥも同感であった。

「容子をみたほうがよいと存じます」 

 ヌルハチは明軍の動きを探るためちかくの小高い丘に布陣した。

 実はこのとき明はヌルハチと一戦交えるために兵を出していたのではなく、明への亡命を図ったニカンを国境で押しとどめていたのである。

「将軍はなぜお許しにならぬ。将軍に会わせてくれ」

「ならぬ。将軍はご立腹じゃ、スクスフの主にしてやったのに、このぶざまな戦ぶりは」

「トルゥンは陥ちました。兵の数も少なく女子どももつれております」

 ニカンは手を合わせて懇願した。

「ききわけのない奴じゃ。どうしてもというならわれらが敵をする」

 明兵は間髪いれず矢をつがえ弓をきりりとひいた。矢の方向はニカンにむいている。

「どうする、満韃子」

 ニカンはなす術もなく、ジェチェンの北方、オルホン城を頼って落ちていった。ヌルハチはまたしても父の仇を逃がしてしまうことになった。

 だが、この結果ヌルハチは帰路、運をひろうことになる。

 ヌルハチらがアンフィヤングと合流するためサルフへ向かうと、すでにノミナと戦いは始まっていた。少数の兵しかもたぬアンフィヤングをノミナの兵たちが押し囲むよう一方的に攻めていた。

「ヌルハチが来た」

 ヌルハチをみるとノミナは慌てて兵を城内へ入れた。

「これは好機、憎きノミナを屠って憂さ晴らしをするか」

 シュルガチは血気盛んである。これに対してエイドゥは冷静に進言した。

「明軍は国境近辺、ニカンはすでに北へ落ちました。ノミナは孤立しております。まさに千載一遇の時」

「ニカンのかわりに血祭りにあげてくれよう」

 ヌルハチはサルフ城を力攻めにせめ、これを陥とすとノミナ捉えて処刑した。

 まともな戦いを避け逃げまどうニカンからスクスフの諸部族は離脱しはじめ、少数でニカンを駆逐したヌルハチの評価は逆に高まっていく。

「あのヘトゥアラの小僧っ子、意外とやるじゃねぇか」

「取り敢えず、娘でもやって様子をみておくか」

 徐々にではあるが彼我の形勢は逆転しはじめていった。

 

 一九八六年、宿敵ニカンを捕縛するのだが、ヌルハチが兵を挙げてから三年の月日を要している。殻に籠もる蝸牛のようなニカンをなぜひと踏みに潰せなかったのか。それにはわけがある。ニングタ六氏族のうち五氏族までが四祖ギオチャンガを憎んでいたのである。ことあるごとにニングタ氏族の妨害があり、ヌルハチへ刺客がたびたび送りこまれたことはすでに述べた。たとえば、マンジュに属するフネヘのリダイはヌルハチの暗殺を企み、失敗するや報復を恐れてフルンのハダに援兵を乞うた。

「マンジュ領内へ他部族をいれるとは言語道断である」

 激怒したヌルハチはリダイのジョーギヤ城を攻めるが、やはりロンドンの通報によってリダイは万全な構えを敷いていた。ヌルハチらは将兵一丸となって城を陥としたが、やはりリダイを赦している。当初ヌルハチはリダイを厳罰に処す存念であったが、エイドゥのとりなしで気を鎮めている。

「ここはお館さまの寛容さをお見せになったほうが向後のためによかろうかと」

「多方面に敵をつくるはいまは得策ではございませぬ」

 アンフィヤングもリダイの処罰に反対の意を唱えた。

「そのほうらの言うとおりにしよう」

 ヌルハチはまだ微力である。敵味方双方に気働きが必要な時期であった。

 もう一例、マンジュ内にサムジャンという部族長がいた。サムジャンはヌルハチの継母の弟である。かれもまたロンドンに唆されヌルハチの恩人のハスフを謀り殺害した。ハスフがエイドゥの従兄であることは既述した。そのうえヌルハチの旗揚げ時に最初に駆けつけた信頼できる盟友である。 

「これを看過してはわれらにつく者はいなくなる」

 エイドゥにとっても従兄の弔い合戦である。もしヌルハチが赦すというなら、ひとりでも首をとるつもりでいた。

「ここはわれに一番槍を」

 エイドゥの目は憤怒で真っ赤に血走っている。

「よし、おまえに一番駆けをゆるそう」

 ヌルハチは兵四百をもってサムジャンの城を攻略した。そしてこのときばかりはサムジャンを赦すことなく首を刎ねている。『殺すものはころし、赦すものはゆるし』と、生殺与奪に減り張りをつけることによってヌルハチに与する者をふやそうとした。

 

 ヌルハチはこのような戦いに忙殺される日々を過ごしていた。ニカンが勢力を盛りかえすまえに父の仇は討ちたいが、一族の謀略や他部族の反乱がそれを妨げていた。

 そんなさなかヌルハチに人生最大の試練が襲いかかってきた。マンジュ五部のひとつドンゴでまたもや内紛がおきるのである。ヘトゥアラに近く介入せざるを得ない。

 ヌルハチは城を囲み果敢に攻め、いままさに落城寸前のところであった。その時天が一瞬にして暗転するや突然の大雪に見舞われたのである。雹や霰が兵の頭上を襲ってくる。隊列はたちまち乱れ兵たちは頭をかかえ逃げまどっている。

「兵の統率がとれず、これでは戦になりませぬ」

「あとひといきというところで・・・・・・」

 無念ではあるがこれ以上の戦いは断念せざるをえない。ヌルハチはやむなく兵をひきかえしたが、その帰途、同じくマンジュ五部のワンギャの部族長と出会い、ひょんなことにオンゴロ城攻略の援軍を頼みこまれることとなる。

 ヌルハチはエイドゥを見た。

「恩を売っておくのも戦略のひとつでございます」

 ヌルハチは首肯した。

「兵は五百つれている。ひと捻りにしてくれよう」

 ヌルハチはトンギャで燃焼しつくせなかった鬱憤をはらすべく先頭にたって戦っていた。そのヌルハチを矢で狙っていた男がいた。最初の矢はヌルハチの兜を貫通し頭部に達したが大事にはいたらなった。ヌルハチは気丈にもこの矢を自ら手で抜いたが、つづけざまに他の男から二番目の矢がはなたれた。これがヌルハチの鎖帷子を突きやぶり頸部に刺さったのである。さすがのヌルハチも落馬すると気が遠のいていった。

「お館さま」

 アンフィヤングがとっさに盾となるが深傷である。

「なんの、これしき」

 ヌルハチは意識朦朧とはしているが、気合をいれ矢を抜いた。矢は肉片とともにぬけ落ち、傷口から噴きだした血はアンフィヤングに降りかかった。このままでは失血死はまぬがれない。

「わたしの肩に」

 ヌルハチはその声を聞くまえにその場に崩れおちた。

「お館さまに血どめを、うしろへお移ししろ」

 ヌルハチは失神から醒めるとまた気を失うという状況を繰りかえし、漸く血がとまったのは翌日のことであった。

「若い頃から多くの戦場を駆けめぐったが、あのときほど生死の境を彷徨ったことはない」

 ヌルハチは晩年この時の話をよく若者らにかたっている。

 数ヶ月後、傷が快癒したヌルハチはこのオンゴロ城を攻め落とす

と、この矢を放った二名の兵士を捜すよう命じた。ヌルハチのまえに引きたてられたふたりはただ懼れおののくばかりである。ヌルハチはふたりをみると細い眼をいっそうほそめた。

「先の戦でわしを射ぬいたはそちらか」

 ふたりは体を震わせ黙っている。ヌルハチはちかくへ寄るとふたりの前で屈みこんだ。その細くなった目にやさしさが漂っている。

「見事な腕前、そちらが味方にいるとたのもしいわ」

 ふたりは互いを見つめあうと賺さず恭順の意を示した。ヌルハチは満足そうに銀の小粒を握らせふたりを自陣にくわえた。

 

 一五八五年にはヌルハチは異母弟ヤルガチを伴ってジェチェンヘ侵攻した。しかし洪水にゆくてを阻まれ、ニカンを取り逃がす。この時もいとも簡単に兵をひいている。これもいまだ無理押しをするには早いとの判断と、ヤルガチに兵の駈け引きを教えるための戦であったのであろう。

 頭上の小蠅を追うような戦がつづき一五八六年を迎えた。傷も癒え以前のように気力も充溢している。休む間もなくちいさな戦がつづき、これがヌルハチ軍の戦法を磨き兵を鍛え、確実に実力をたか

めていた。

 同年七月ヌルハチは兵を集めた。雌伏すること三年、ヌルハチは多くの近隣部族の兵を動員できるようになっている。シュルガチもすでに一族を構え軍団をもっている。その軍団は兄に比べれば少数とはいえ、ヌルハチ軍の別働隊であり副将格の地位にいる。つまり以前のヌルハチ軍の組織図はヌルハチを頂点とするピラミッドひとつであったが、ほかにもうひとつ小ぶりのピラミッドをもったのである。アンフィヤングとエイドゥもそれぞれ少数ではあるが自分の奴僕をもちヌルハチの左右をかためている。さらにヌルハチは陥落させた城から多くの人間を家畜とともにヘトゥアラへ移民させ、そのうえニカンのいないスクスフからも兵は徴募できる。ヌルハチ軍は盤石の体制をとっていた。

 ヌルハチは「機は熟した」と考えた。

「オルホンを陥とす」

 ヌルハチは全軍に号令した。

「ニカンの頸を取るまでヘトゥアラへは戻らぬ」

 兵馬の士気は騰がっている。

「掠奪、強姦は決してゆるさぬ。敵はニカンひとりじゃ」

 ヌルハチは剣を抜くと天を指した。

「頸のついたニカンの顔はもう見たくはないわ」

 オルホン城を囲むと、シュルガチを北門へ、アンフィヤングとエ

イドゥを東西の門へ配置し、本陣を南門へと措いた。

「このたびの戦に逃げ道は不要である。ニカンを搦めとる」

 ヌルハチは力攻めにせめた。本陣のある南門正面はヤルガチが布陣している。

「ヤルガチ、兵を進めよ」

「兄者、敵も必死でございます」

 城壁の上からは石や矢が間断なくふってくるが、それでもヌルハチ軍は味方の死体を乗り越えて城壁を登ってゆく。

「雲梯をかけよ」

「櫓車を前へ」

 雲梯は城壁に掛ける縄ばしごであり、櫓車とは文字どおり物見櫓のしたに車輪をつけたものである。櫓の上に兵を乗せ、城壁と高さを同じくして敵兵を討つ。これが功を奏した。城壁の上の兵が弛んだところから、雲梯を駆けあがった味方の兵が躍りこんでゆく。

「ヤルガチ、おまえものぼれ」

「応」と、答えたヤルガチは味方の兵を盾にして軽々と登っていき、ヤルガチの姿が城内に消えると暫くして城門があいた。

「突っこめ」

 ヌルハチは剣を抜くや馬腹を蹴った。

 本隊が怒濤のごとく傾れ込むと、城内はいっそう混乱し、ほかの城門もつぎつぎとあけられてくる。ヌルハチ軍は宮城内へ押しよせ

た。

「ニカンを捜せ」

「おんな子どもに手をだすな、宝物もすておけ」

 ところが、ところがである、騒乱に紛れてニカンはまたしても脱出したのである。

「ニカンは明領へ逃れたもよう」

「シュルガチただちに追え」

 ニカンワイランはすでに明領へはいっていた。シュルガチは部下のジャイサに四十名の兵をつけ李成梁と交渉にあたらせた。

「兄ヌルハチは今度ばかりは本気でございます」

 李成梁はヌルハチ軍の全容をみた。恐ろしいばかりの殺気が全軍からたちのぼっている。さらには以前よりヌルハチが遠目にもひと

まわりもふたまわりもおおきく見える。

「なんと、天までがヌルハチを佑けているようじゃ」

 李成梁は今にも明領へ雪崩れこもうとする気配におもわず息をのんだ。

 ── 会うたびに大きくなっていく。恐ろしい奴じゃ。

「ニカンを放逐せよ、ヌルハチに呉れてやれ」

 たび重なる負け戦に明朝もニカンに見きりをつけ、古くなったおもちゃを子どもが捨てるようにして放り出した。ヌルハチの前に引きだされたニカンの声は震えていた。

「あれはわしの本意ではなかった」

 廻りにはヌルハチの将兵が取り囲んで逃げる道はない。ヌルハチは瞬きもせず睨みつけている。

「以後ヌルハチ殿をスクスフの盟主とあおぎ、みなでスクスフを盛りたてていこうではないか」

 必死に命乞いをするニカンをヌルハチは哀れむように冷笑を浴びせかけた。

「ぬしはわかっておらぬ。スクスフなど小さいわ」

 「・・・・・・」

 その場にいたエイドゥはこんなことばを思いだしていた。『燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知るや』

 このヌルハチとニカンの対面が将にそれであった。

「ともあれ、おまえには罪を償ってもらう」

「ヌルハチ殿、ご無体な」

ヌルハチの目は蔑みに変わっている。

「シュルガチ、あとは頼む」

 ニカンはゆるされるべくもなく首を刎ねられた。

 ニカンが処分されたことを聞くと、李成梁は高々と宣告した。

「スクスフはヌルハチの勝手とする」

 明朝はヌルハチの父の仇を匿ったことで、毎年いくばくかの賠償金を払うことになる。これが明朝の寿命を縮め、ヌルハチに力をつけさせた。

 三年ごしに父と祖父の仇をうち、ニカンに加えもうひとりの有力者ジャハイも平らげると、ヌルハチに帰順するものは増え、ヌルハチは名実ともにスクスフを代表するマンジュ内の一大勢力となる。

 

  第三章  マンジュ統一

 

 ヘトゥアラをやや南へくだったところにフェアラという鄙がある。

 大蛇の身のようにくねくねと川筋や街道がつづいている。その蛇腹についた紋のように、ところどころちまちまと集落が佇んでいる。おのおのの集落は数戸から数十戸であり、そのおおくが祖父母と父母弟妹など、至極身近なひとびとで構成されている。

 お大尽さまと呼ばれる棟は住居まわりを厳重に木柵でかこんでいるが、普通の農民らは井桁のような柵を行儀よくならべ、ひっそりと住んでいた。家屋は前述したごとく、土を掻き揚げ盛ったうえに建てている。

 土饅頭を大きくしたような、ちょっとした山のうえには土豪を束ねている豪族の屋敷もあり、これを土城と呼んでいる。ヌルハチの山城はこの土城にくらべるとずっと規模もおおきく特に大城と呼ばれていた。

 ヌルハチはあたらしく得た多くの兵を養うために、父祖の地ヘトゥアラからフェアラへ移っていた。一五八七年のことである。ギャハ河とショリ河と呼ばれるふたつの流れが、左右から土を押しあげつくった、フェアラの丘にヌルハチの新しい城はあった。背後には海抜四百メートルほどの小山がどんと胡座をかいている。

 伝統的な女真の山城はひとえの城壁しかもっていないが、明代も終わりに近づき陣取り合戦が夥しい時代になると、山城は発展し、ふたえの城壁をもつ大城になる。フェアラ城の内城にはヌルハチの親族百戸あまりが住み、外城つまり城壁と城壁の間にはヌルハチやシュルガチの重臣とその一族が三百戸ばかりですんでいた。また、ヌルハチに従うスクスフの諸部族長もこの外城の内側に住まわされていた。そして戦時に兵と

田畑をあたえられている。城外の要所や砦にはこれら族長たちが一年ごとの交替で派遣され、その近隣の農民が徴収され防備をかため

ていた。

 同時代の日本は秀吉の晩年である。日本では信長が『楽市楽座』などの経済政策で財政にゆとりをもち、職業人としての兵を養っていたが、ヌルハチは日本の戦国時代初期と同じ、戦いごとに徴兵する形をとっていた。ヌルハチらが覇権を争っている地域は信長らの一時代まえ、下克上を繰りかえし、小豪族が近隣を切りとっている時代を彷彿させる。ヌルハチはいままさに戦国大名にならんとしていた。

 フェアラ城の内城には別に木柵で囲こんだ区画がある。さらに木柵でその区画を東西に分け、門を穿ち行き来を可能たらしめている。この西側がヌルハチの住居部分であった。その居館は瓦葺で床には磚が敷かれていたが、三間しかなく貝勒のすまいとしては質素にすぎる。これはヌルハチが天下を制すまでの仮住まいと思っていたのか、或いは無駄な出費を惜しんで軍費へまわしたのであろう。この西の区画にはほかに三棟あり、ヌルハチはここに蓄財していた。経済力の多寡が戦いを左右することを知っていたのである。そして東の区画には六棟が並び、ひとつはヌルハチの出入りをしらせる鐘楼であり、他の五棟はいまでいう迎賓館と政庁であった。ヌルハチはトップの居場所を常に部下にしらせておくことが重要であると考えていた。こうして全体を見わたすと、実に華美を嫌い実質を重んじる造りであり、ヌルハチの性格が覗えるとともに、スクスフの統一が彼の最終目的ではないと想像するに難くない。同年六月には行政や民事に関する諸法律を定め、城づくりだけではなく将来拡大するであろう国づくりもヌルハチは考えていた。

 ──スクスフはわしのものになった。つぎはマンジュの統一である。

 マンジュの覇権を確立するまで隣接するフルンには関与されたくない。ヌルハチは軍略だけではなく、フルン四部の政略による囲いこみを謀った。フルン四部の覇権をめぐってはハダとイェヘがいまだ激しく対立している。ハダはワンハン時代に頂点を極め、その亡き後は長子のフルガン、末子のメンゲブルそして孫のダイシャンが権力の座を狙って鎬を削っていた。

 明朝はフルガン(ヌルハチの五大臣のひとりと同名)とその子ダイシャンをあと押ししていたが、先述したようにこのふたりはハダの部族民には不評であった。そこでイェヘにくらべ劣勢なハダをヌルハチの力で強化させようと李成梁は考えた。

「やつらの力が均衡している方が都合がよい」

 ヌルハチと李成梁の思惑は一致する。但し、同床異夢でもあった。ヌルハチもハダに接近すべく、ダイシャンの妹アミンジェジェの婚儀を申し込んでいたのである。李成梁がこれにのり、両者の婚儀は成立する。ヌルハチはこの前後にわたってフルンやモンゴルからも嫁をとっている。第一夫人のハハナジャチンは長男のチュエンと次男のダイシャン(ハダのダイシャンと同名)を産んでいる。二番目の夫人は富察氏のグンダイで、五男マングルタイほか二名の男子をもうけている。モンゴルから嫁いだ妃にのちの寿康太妃がいる。彼女はヌルハチの妃のなかでもっとも長命で、ヌルハチの死後四十年で天寿を全うした。

 ヌルハチの後宮を語るうえで特筆すべきはアバイ(阿巴亥)とモング(孟古)であろう。悲運の妃アバイはウラのブジャンタイの姪である。ヌルハチが四三の時わずか十二で四番目の妻として嫁いできた。その美貌と聡明さは他の妃をぬきんでいた。やがて清朝の世祖順治帝の摂政をつとめたドルゴン(多爾袞)を産む。

 イェヘのモングは十四でヌルハチに嫁いだ三番目の妻であった。彼女はヌルハチのあとを継ぐホンタイジをもうけるが、一六〇三年病没する。

 ヌルハチの死後、後継者はこのホンタイジとドルゴンに絞られた。なぜならヌルハチは生前後継者を正確には指名していなかったのである。ホンタイジは八男、ドルゴンは十四男である。ドルゴンの聡明さは母親ゆずりであり、それはホンタイジを凌いでいたがヌルハチの没時はわずか十四であった。

 ホンタイジは『皇太子』と書く。これがヌルハチの遺志であると思われた。

 無論ホンタイジも凡庸ではなく、ヌルハチのあとを継ぐと李朝を侵略しモンゴルの各部族を一掃し、長城外を統一している。そのうえ長城内にもたびたび兵をいれ明朝の宸襟を悩ませている。一方『切れ者』のドルゴンは聡明さゆえに疎まれた。順治帝を助け北京を陥落させるが、冷厳で独裁色が濃いと思われた彼は皇帝になることはできず摂政で世をおえる。ドルゴンの母アバイにとっての不幸は切れすぎる息子をもったことであった。聡明で美貌の母アバイが後ろだてでいるかぎり、ドルゴン即位待望論が噴出する。そのためヌルハチの遺臣たちはアバイ、ドルゴンそしてその一族の結集をおそれた。

「アバイ様にはお館さまに殉じていただく」

 これがホンタイジを推す一族の考えであった。

「ドルゴンよ、おまえは賢すぎる。切れすぎる刃物は革の鞘にはおさまらぬ」

『人の一生は五〇年』と、言われた時代であっったが、三十六才のアバイは今なお容色に衰えをみせてはいない。切れ長の美しい眼と長い睫は、モング亡き後ヌルハチの寵愛を一身に受けていた。

「ホンタイジ様をたすけ、お館さまの遺志をつぐのじゃ」

 なぜ母が死なねばならぬのか、この賢すぎる王子はわかっていた。

「母上、私さえ生まれて来ねば」

 アバイはドルゴンを抱きしめると大粒の涙を両の眼にためかぶりをふった。

 政略結婚も雑多な不幸を生んでいくが、大きすぎる野心を持った男も斯くしてまわりの女達を薄幸の縁へ落としていく。

 これらの政略結婚は部族間のいたずらな消耗戦を避けることが第一義であるが、女真にとってはもうひとつの意味があった。女真は漢民族にくらべ圧倒的に人口が少ない。女真の男はひとりでもおおくの子をなす必要があったのである。

「おまえの親族によい人物はおらぬか」

 ヌルハチはハハナジャチンに訊ねた。

「わたくしの姉の子にフルガン(ハダのフルガンと同名)という若者がおりまする」

 この第一夫人はヌルハチの腰をもみながらこたえた。

「どこにおる」

「ヤルグのトンギャ氏族でございますよ」

 ヌルハチは気持ちよさそうに目を閉じている。

「幼いときは神童といわれていたとか」

「ジャチンの甥ならさもあらん」

 ヌルハチは起きあがるとジャチンの手をとめた。

「エイドゥを呼べ」

 寸刻をおかずしてエイドゥが姿をあらわした。

「ヤルグはたしか兄弟間でごたごたしておったな」

 マンジュ五部の内スワン、ドンゴ、ヤルグは勢いつくヌルハチに帰順するや否やで頭を悩ませていた。その三部の中央にあるヤルグも兄弟間で降伏か抗戦かをめぐり対立していた。

「よい策はあるか」

 エイドゥがヌルハチに帰参して永い年月がたっている。いまではすっかりヌルハチの知恵袋としての存在感をましている。

「フラフが兄弟間で最もわれらに近うございます」

「その子がフルガンか」

「よくご存じで」

「その子とヤルグ領と一緒に貰いうけたい」

「さすがはお館さま。さすればフルガン様はお館さまにとっても甥御であり、養子にむかえればいかが」

「よき策じゃ。早速はかれ」

 エイドゥはフラフに密使をおくりヌルハチの心術を説き帰順をうながした。

「しかしわれらだけでは非力でございます」

 使者は膝をうって諄々と語りはじめた。

「風説を流しまする」

「風説とは」

「つまり、『フラフ様が民を率いてヌルハチ様へ降る』、と」

「どういうことでござる」

「そうなれば一族内の動揺は必至。挙ってフラフ様のあとを追いましょう」

 フラフは目を大きく見開いて「然り」と、唸った。

「わがお館さまはフルガン殿にいたってご執心。『養子に』と、申されておられます」

「そこまで仰ってくださるとは」

 フラフは気を失わんばかりの感動を覚え動揺した。

 ──ヌルハチ様の御為なら死は厭わぬ。

 フラフは仲間うちを煽動した。

「ヌルハチ様に就かねばヤルグはたちいかぬ」

 ここで先ほどの風説が効いてくる。おおくのヤルグの民はフラフの言を母のことばを聞くように信じこんだ。フラフとフルガン親子は最後まで抵抗する少数派を討つとヤルグの民をひきつれヌルハチのもとへと馳せ参じた。 

 ヌルハチはよほど嬉しかったのか、板敷きから駈けおりフラフの手をとった。

「フラフ殿の馳走、この身のあるかぎり忘れはせぬ」

「お館さま、勿体ないことを」

 後退りするフラフをひきとめ、子のフルガンをよび寄せた。

「かねて申したとおりフルガンをわしの子とする。一軍の将に育てるゆえ安心せよ」

「身にあまるご厚情」

 同席のエイドゥは下を向いて苦笑した。

 ──お館さまも小芝居をなさることよ。

 しかしフラフ親子はおおいに感じいり、とくにフルガンはヌルハチの破格の扱いにこたえ、つねに戦場の先頭を駈けることになる。

 ぞくぞくと帰順する部族長へのヌルハチの対応は近隣を騒がせた。小部族は孤立を恐れ家族郎党を引きつれつぎつぎにフェアラへ入城した。フネヘのスワン地方からはソルゴ、フィオンドン親子が五百戸の民とともに降り、つづいてドンゴではホホリが五百名、ルムブが四百名を引きつれヌルハチのもとに降った。

「フィオンドン、戦の時はわしの馬廻りを託すぞ」

 いまでいう親衛隊長である。さらにホホリには上機嫌でここまで約束している。

「わしの娘をとらす」

 すでにヌルハチ軍の重臣であるアンフィヤング、エイドゥにこのフルガン、フィオンドン、ホホリを加えると、のちの五大臣になる。

 

 渾江沿いの三部族がドミノが倒れるようにヌルハチに帰順したが、そのもっとも上流に位置するワンギャは徹底抗戦をつづけていた。頭上に振りかざした抜き身の刃のようにワンギャ城はフェアラの東南にある。

「ワンギャは目障りじゃ。踏み潰すがよかろう」

「此度の戦はシュルガチが取りはからえ」

 シュルガチもこの時期ヌルハチに匹敵するほどの勢力を築いていた。左右をチャンシュとナチブの重臣が固めている。シュルガチはいまだ二十三であったが躰は太り色白の顔は頬骨が目立ち角張っていた。一国の主がつとまるほどの貫禄を醸しだしている。彼もフェアラ城の外城に家族の居館も含めた木柵をもち、この中には客庁ももっている。そこでヌルハチの客も独自に接待し、明朝への朝貢もヌルハチとは別におこなっていた。つまり財政的にも独立していたのである。弟とは云え蔑ろにはできない存在になっていた。

「兄者は新しい嫁と子でもつくっているがよい」

 シュルガチはヌルハチの下座ではなく並んで座っている。

「シュルガチ、頼もしいぞ」

 ヌルハチはそう言ったものの力をつけてくる弟に不気味なものを感じていた。

 開戦を覚悟したワンギャ城ではダイドゥが千余名の兵を束ね、落ち着かぬ様子でヌルハチを待っていた。しかし勢いのついたヌルハチ軍を前にして、ワンギャ城の守りは『蟷螂の斧』のようなものであった。そのか細い蟷螂に飢えた虎、シュルガチが襲いかかった。

「獅子は鼠一匹殺すにも全身であたると言う」

「かかれぇ。存分に戦え」

 フラフとフルガン親子は帰順の証をたてるため必死で攻めた。シュルガチの客将としてアンフィヤング、エイドゥも参戦しているが、ダイドゥは死にものぐるいに徹底抗戦している。

「ヌルハチがごときに従うならここで討ち死にじゃ」

 フルガンを先頭とするシュルガチ軍は押されはじめた。

「奴がヌルハチに降ったフルガンじゃ、あの若い将を射よ。奴を討てば総崩れじゃ」

 ダイドゥは門を開くと果敢に兵を押しだした。

「シュルガチ様、先頭が崩れております」

「俺につづけ」

 シュルガチは馬体を両足で締めつけると、つづけざまに鞭をいれた。

「シュルガチ様ご出陣、おくれをとるな」

 シュルガチ本陣は二千を超えている。これらが参戦するとダイドゥの兵は崩れだした。フルガンも陣容をたて直すと一目散にダイドゥの本陣へ突っこんでいく。

「兵の半数を割き裏門よりはいれ」

「ダイドゥの首をとれば、あとはただの烏合の衆じゃ」

「フィヤングとエイドゥは左右よりかこめ」

 シュルガチは突出したダイドゥを取りかこむように鶴翼の陣を採った。翼を開いた鶴が敵を大きく包みこむ。

「シュルガチ様の兵の駆けひきは見事じゃ。お館さまに勝るとも劣らぬ」

「ひけぇ。城にもどり門を閉めよ」

 ダイドゥは血も吐かんばかりに叫んでいるが、すでに時は遅く別働隊が裏門から入城し終わっていた。ダイドゥ軍は前後から挟まれ逃げ場をうしなうと、いたる処で惨殺がおこなわれ城内は血の海と化した。ワンギャ城は夕陽が沈むときには陥ちていた。

 伝令の報告を聞いてヌルハチはおもわず唸った。

 ──こんなにも早くか。

 ──シュルガチ恐るべし。

 ここに双頭政治が始まったのである。

 ヌルハチに降った三部より下流の渾江沿いにジョーギャ城がある。鴨緑江に近い最南部である。ここにニングチン(寧弓堤)が統べる城があり城内には、『親子三代でも使い切れないほどの財宝がある』と、言われていた。

「これをわれらがいただく」

 ヌルハチはてのひらの鼠を弄ぶようにいとも簡単に宣言した。

「こたびも俺にまかせてくれ」

 シュルガチはニングチンなど鎧の袖を一触すれば事足りると言う。

 ──シュルガチにはこの財宝はやれぬ。

 ヌルハチはこの思惑を顔にだすことなくことばを選んで話しだした。

「この始末がつけば、マンジュは総てわれらがもの。此度はわしが征かねばけじめがつかぬ」

「兄者にはべつの思惑が・・・・・・」

 その声を制するとヌルハチはつづけた。

「わしが死ねば、誰がマンジュを率いる。よく考えよ」

「留守役か」

 シュルガチはあからさまに不満な容子をみせた。

「わたくしも留まりまする」

 アンフィヤングはふたりの独立以来の重臣であり、ふたりの心のうちは凡て察している。いまここで兄弟が財宝ほしさに争ってはすべてが水泡と帰す。

「よくぞ申した。わしに何かあれば、そのほうらが力を合わせてマンジュを統べよ」

 シュルガチもアンフィヤングが仲立ちとあればこれ以上あらがう余地はない。

 

 マンジュの草原を遅い春が覆っている。野の一面に黄や薄紅色の芥子の花が背比べをするかのように咲いている。

 遠くを見やると、いまだ伸びきらぬ辮髪の幼子がのんびりと羊を追っている。草原を渡る風もこれから戦いが起きるとは予兆させないほど穏やかであった。

「いそぐことはない」

 ヌルハチは軍をゆっくりとすすめている。

「衆はおおいが、驕奢に慣れた者どもじゃ」

 エイドゥもヌルハチと馬をならべ蒼天の鷹を見つめている。

「三日もあれば陥ちましょう」

 鷹がきじ鳩を襲ったらしく鋭い鳴き声が響き渡った。あたりには灰地に茶の紋様の小羽根が舞っている。最後の一枚の羽が芥子のなかに消えたのをエイドゥは見届けると手綱をゆっくり引いた。

 ヌルハチはジョーギャに着くと渾江を背に陣立てをした。

「背水の陣、韓信でございますな」

「そうじゃ、後へは退けぬ。この一戦でおわりにしたい」

「お館さま、この一戦が総てのはじまりでありまする」

「そうであった」

 エイドゥの阿吽の呼吸にヌルハチはおもわず頬をゆるめた。

 まずジョーギャに最も近いスワンのフィオンドンを先鋒にたてた。この布陣は日本の戦国時代にも共通する戦の常道である。敵地に近い者やあたらしく参陣した者を後方へおいて、万が一かれらが寝返えると、前方の敵と挟撃され陣立ては呆気なくくずれさる。フィオンドンを先鋒にするにはこの愚を避けるのと、新参者に早く手柄をたてさせたいという意味あいがある。

「東はホホリ、西はヤルガチを就けよ」

 そして先鋒とヌルハチ本陣のあいだにエイドゥをおいた。これも先鋒の反逆から本陣をまもるための布陣である。兵の駆けひきにはエイドゥに一日の長がある。しかし敢えてかれを戦局に応じて自在につかえる遊撃隊とした。

 対面する城壁の上に兵たちが矢を番えてかまえている。

「フィオンドン攻めかかれ、骨はひろってやる」

 ヌルハチ軍は鞭声を聞くや遮二無二となって城壁に飛びかかった。雲を得て天に昇る龍の勢いである。ニングチンの兵も間断なく矢を射かけてくるが、ヌルハチに忠誠を誓ったフィオンドンの敵ではなく、蒲公英の綿毛のようにひとふきで飛び散った。

 同日、シュルガチは朝鮮人武官申忠一と宴をひらいていた。自身の居住する外城の客殿である。

 はなしが前後するが、朝鮮との国境付近は人参採集におおくの人が集まってくる。ある時数十名のマンジュの民が国境を越え李朝側の渭原に侵入した。李朝がこれを捕らえ殺害したので、ヌルハチはそれを口実に、「兵をいれる」と、脅かした。武を好まぬ李朝は慌てふためき、明朝に諮って使者を送ることにする。マンジュの国力及び情報収集が目的であった。その先遣武官として遣られてきたのがこの申忠一であった。このとき既に明朝も李朝もヌルハチにはいちもく置いていたのである。好むと好まざるに拘わらず、申忠一はヌルハチ兄弟の下風に立たねばならない。

「兄者はおらぬ。寛いでくれ」

 シュルガチの左右には側女らが傅いている。

「ヌルハチ殿は戦の最中。かような宴は不謹慎ではありませぬか」

 朝鮮は儒教の国である。自らを『小中華』呼ぶ中華思想の優等生でもある。申忠一は中華の権化と言ってもよく、兄が戦っている時、弟が酒盛りをするなど考えられないものであった。

「わが国では父や兄の前では弟は酒もたばこも飲みませぬ」

「それでは宴がつまらぬであろう」

「どうしてもというときは横をむいて喫うか、くちもとを手で隠して呑むのが礼儀とされておりまする」

 つまりは、儒教は形なのである。シュルガチは鼻で笑って申忠一を見た。

「儒教の教えか。貴官の国は堅苦しくてこまる」

「儒教は人の道。世の秩序でござる」

 女真からみれば『中華に諂う朝鮮は解せぬ』と、いうところであるが、申忠一からすると儒教を知らぬこの隣国が化け物の棲む国にみえてくる。

「シュルガチ殿は倭国をご存じか」

「東海に浮かぶ小国ときいておる」

「やつらは武力をもちいると滅法つよいが野蛮でございます」

「倭国の刀はよく切れると評判じゃ、そのうえ鳥打ち銃がたいそう進んでおるとか」

「武のきこえは高いが所詮は『倭奴(ウエノム)』でござる」

 これも満韃子と同様に蔑称である。

「やつらも儒教を知ればすこしは温和しくなるのでしょうが」

「その倭国が二度ほど帰国を襲ったそうじゃな」

「秀吉とか申す倭奴の奴酋がしかけてまいりましたがわれらは見事に追いはらっておりまする」

「また、わが国の通信使が秀吉を訪ねたおり『倭国では猿が冠をかぶっておる』と、言っておりました」

 シュルガチは盃をおいて大笑いをした。

「倭国の王は猿でも務まるとな」

「儒教とは猿に人の道を教えるものでございます」

 李朝の官吏申忠一からみれば、日本も女真も蒙古もすべてが中華の徳に従わぬ蛮国であった。

「兄者の戦勝祝いじゃ。これならよかろう」

「ヌルハチ殿をおまちになっても」

 シュルガチは赤ら顔でそれを遮った。息はすでに酒臭い。

「兄者は酒をのまぬ。おもしろくないお方じゃ」

 申忠一をからかうように言葉をついだ。

「漢人も言う『酒を飲まぬは人生の半分の楽しみを捨てたも同然』とな」

 香ばしく焼けた羊をシュルガチは手づかみで口へはこんでいる。口髭はすでにその脂で光り、その先端からは酒が滴りおちている。

「朝鮮でも狗を食すと聞いたが、マンジュでは羊をためしてみよ」

 シュルガチはその手を襟元で拭き、側女の肩をだいた。女がシュルガチの口もとを拭いている。そしてもう一方の手は側女の胸乳(むなじ)を

まさぐっていた。

申忠一は思わず目をそむけ杯をとった。

 ──夷狄の地じゃ。逆らえぬ。

 不承不承杯を重ねるが朝鮮人も酒は嫌いではない。やがて強かに酔った。シュルガチを貴人とは思ってもいないが酔態はみせられぬ。

「それがしはお暇させていただく」

 シュルガチは申忠一が自室にもどったのをみると舌なめずりをして囁いた。

「腐れ儒教め、見ものじゃ。チュンイルに女をくれてやれ」

 シュルガチは声をひそめて笑うと、側女の裾をわって悦楽のなかへ這入っていった。

 翌朝シュルガチは側女をよび下卑た表情で尋ねた。

「チュンイルめはいかが致した」

「お喜びいただいたと聞いております」

「儒教も女が好きとみえる」

 側女は口もとをおさえ、もうたまらぬとかぶりをふった。

「床いりしたおんなは一睡もしておらぬとか」

 シュルガチはしてやったりと両膝を拍った。

「儒教と雖もわれらと同じじゃ。女も抱けば糞もする」

 シュルガチは呵々大笑した。

 この時代ヌルハチも中華文明を嫌うこと甚だしく、概ね女真らはこのシュルガチの考えに近いと思ってよい。しかし清朝も三代目福臨(順治帝)になると、野蛮とみなされている満州文化で漢人を

統御するのは難しいと考えはじめた。いや、むしろ父祖の文化を恥ずかしいものとした。福臨は熱心に儒教の素養を取りいれ、満州の文化や言語は急速に中華文明に吸収され埋没していった。

 

 翌日も宴はつづいていた。シュルガチに肩入れする近隣の部族長らが挨拶にやって来ている。

「他の地に城を設けて一国を樹ててはいかが」などと追従する者もいる。

「考えてはいるが、時期尚早じゃ」

 シュルガチも満更でもない。

「その時はわれらもシュルガチ様に従いまする」

 マンジュの主になろうとするヌルハチではあるが、明らかにシュルガチを推す一派もいる。無論ヌルハチ側のほうが兵の動員力も多いのだが、シュルガチにものちの五大臣制に近い形の側近グループが存在していた。実際、シュルガチは二十年のちに一族側近をつれて渾江上流のヘチェムへの移住を試みている。

 おおきくなるマンジュの組織をヌルハチとシュルガチ二人の合意で治めていくのには限界があった。父から追放され、二人でマンジュを大きくしてきたのだが、政策上の違いがあったとしてもヌルハチは強いリーダーシップを発揮できなかったのである。

 留守役のアンフィヤングは昼過ぎからおこなわれている宴の席で眉をひそめていた。

 ──お館さまがこの醜態をご覧になったら。

 留守役でもあるがシュルガチの監視役でもある。

「シュルガチ様すこし度がすぎませぬか」

「なんと申した」

 シュルガチは酔眼でアンフィヤングを睨みつけると弁髪を掴んでひき倒した。

「シュルガチ様といえども無礼でござろう」

「兄者の腰巾着ふぜいが」

 アンフィヤングは咄嗟に腰の刀に手をかけた。

「抜けるか」

 シュルガチの側近が一斉に立ちあがり一触即発の状態を呈している。アンフィヤングは一歩さがると頭をさげた。

「先ほどの勢いはどうした。古き家臣ではあるが許せぬこともある」

 シュルガチは酔いも手伝ってますます居丈高になっている。

「無礼なふるまい、ご容赦を」

 ヌルハチの留守にかような内部の争いをみせては、折角統一されつつあるマンジュはまた乱れてしまう。アンフィヤングがさらに平伏し許しを請うた時だった。

「お館さまのお戻り」

 ひとりの兵が叫んだ。アンフィヤングは顔を挙げると、

 ──助かった。

 と、思うとシュルガチに一礼し城門へむかった。

 

「お館さまご無事で」

 アンフィヤングは先ほどのことは気ぶりにもみせず、軍容を整えたヌルハチを迎えた。

「ご首尾はいかがでございました」

 ヌルハチはうしろを振りむくとフィオンドンを指さした。その槍の穂先にはニングチンの首がぶらさがっている。

「奴の手柄じゃ」

 ヌルハチはことのほか上機嫌である。

「これでマンジュ内でわれらに刃向かう者はいなくなった」

「真にめでたいことでござります」

 ヌルハチはあたりを見まわすと不審そうに尋ねた。

「シュルガチはいかが致した」

 瞬間、顔色の変わったアンフィヤングをヌルハチは見逃さなかった。

「何かあったのか」

「決して左様なことは」

「なぜシュルガチは出迎えぬ」

 アンフィヤングの額には脂汗がにじんでいる。

「なぜ答えぬ」

 アンフィヤングは沈黙をつづけている。

「もうよい。ヤルガチ、兄が戻ったとシュルガチに伝えよ」

 ヤルガチは「応」と、答えると一目散にシュルガチの木柵へ駆けこんだ。

「兄者、お館さまが」

 シュルガチは側女の膝枕で大鼾をかいていた。室内は酒瓶がたおれ、料理は皿からこぼれ落ち、旗包(チーパオ)の裾をはだけたおんなどもが酔客に組み敷かれてのたうちまわっている。

 ヤルガチは言葉を詰まらせた。

「これはどうしたことじゃ」

 シュルガチの側近を見まわすと大音声で怒鳴った。

「兄者を起こせ」

 ひとりの侍女が慌てて裾をなおすや、シュルガチを起こし耳もとで囁いた。

「お館さまがお戻りでございます」

 シュルガチは一瞬動揺をみせたが、座りなおすと手で目をこすった。

「ヤルガチか、無粋な奴じゃ。わしは眠い」

「これはなんとしたことか」

「兄者にはあとで挨拶にゆく」

「本当にそう申し上げてもよいのですか」

 シュルガチは物憂げにヤルガチを見あげ不敵な笑いをうかべた。

「かまわぬ。好きにせよ」

 そう言うと再び大の字になった。

 ヤルガチから容子を聞いたヌルハチは激怒した。両拳が小刻みに震えている。

「わしらの働きをなんと思っておる」

「お館さま、気をお鎮めになってくださりませ。近隣の部族長が戦勝祝いに駆けつけております」

 アンフィヤングが場をとり繕うとするが、ヌルハチは戦いが終わったばかりで気がたっている。

「戦勝祝いじゃと。戦で勝ったのはわしらじゃ」

 「ゆるさぬ、わしにつづけ」

 軍馬の嘶きを聞くとシュルガチの木柵は灰神楽が舞ったように大騒ぎとなった。おんなたちは逃げまどい、部族長たちもどちらへつくべきかと為すすべをうしなっている。

「お館さまが囲んでおられます」

「戦帰りの兵たちです。気がたっております」

「兄者がわしを討つと」

「ここはいったんお謝りになったほうが」

 さすがのシュルガチも気色をうしない狼狽を隠せずにいた。おんなたちや部族長もそれをうながすようにシュルガチを見つめていた。

「わかった。ヤルガチ、わしと一緒に行ってくれ」

 シュルガチは門前に姿をあらわすとヌルハチに詫びた。しかしそれを見たヌルハチは一喝した。

「そのふて腐れた目はなんじゃ」

 シュルガチは怒色を含んだ目でヌルハチをにらみ返した。アンフィヤングがすかさず両者の間にはいりシュルガチを護るように土下座した。

「お館さま、これからがマンジュにとって大事なとき、仲違いはなりませぬ」

 シュルガチもアンフィヤングの態度に忠義を感じるとやや冷静さを取り戻した。

「兄者、わしもマンジュのため一所懸命働く、此度のことはゆるしてくだされ」

 ヌルハチはアンフィヤングを見て大きく息を吸った。

「その言葉信じよう」

 ヌルハチは兵をひくと内城へはいっていった。

 こうしてダイドゥとニングチンを斃すと、兄弟間にやや不安材料は残るものの、もはやマンジュ内でヌルハチに対抗できる者は皆無であった。

 李成梁は、マンジュ五部を統一したヌルハチに都督僉事の地位をあたえ、同時にその下部組織の地方長官にシュルガチを就けた。

 以降ヌルハチはおのれの領土を「満洲国」と名乗る。

  

  第四章 ヌルハチ包囲網

 

マンジュは統一した。

 全女真を統一するには真北のフルン四部は避けては通れないが、強大である。ヌルハチは東南の長白山二部とワルカを標的にした。朝鮮との国境、鴨緑江沿いであり、人参の安定供給先として是が非でも確保せねばならない地域である。一五九一年ヌルハチは兵を挙げると、同年鴨緑江の下流方面を占拠し、一帯の住民をマンジュ内へ移民させた。

 フルン四部は明領にちかく女真のなかではもっとも漢化しているため、かれらの名門意識や女真の主という誇りは、活発に領土を拡張するヌルハチを黙って見過ごそうとはしなかった。

 イェヘ(葉赫)が先ず動いた。

 フルンではハダとイェヘの主導権争いがいまだに続いていた。ハダはワンハン以来の名門である。しかし一五八二年に実力者ワンハンが亡くなると、次第にその支配力を落としていることは幾度となく述べた。それでも尚、明朝はハダに女真の統括を任せていた。実力で勝るイェヘは力を誇示するように暴れまわり、明朝の意向を無視したびたびハダへ出兵していた。

 モンゴルを祖にもつイェヘはフルンのナラ氏を滅ぼすとその名を襲った。やがてイェヘ河からその名をとり、開原の北部を本拠地とした。西に内モンゴルと接し、南にハダと向かいあっている、共に指呼の間である。争いは起こるべくしておこっていた。

 イェヘの中興の祖としてチンギヤヌとヤンギヌの兄弟がいる。ともに貝勒を称している彼らは、ワンハンが生前イェヘから奪った勅書の返還をもとめ、モンゴル系のコルチン族と共にハダに攻めこんだ。メンゲブルとダイシャンは権力闘争を一時棚あげしてこれを迎え撃つが、二万の大兵力のまえに大敗を喫したのである。

 明朝はイェヘを懐柔すべく絹や木綿を下賜するが、両兄弟の勢いはとどまるところをしらず執拗であった。

「勅書をかえしてやる。開原までとりに来い」

 堪忍袋の緒が切れた李成梁は一計をめぐらせた。ふたりを開原城へ誘きだし、明軍はふたりと供回りの兵のみ城内へいれると、近くの別の城に潜んでいた李成梁は、かれらを間髪いれず取りかこみ虐殺した。チンギヤヌとヤンギヌの死後、それぞれの長子ブジャイとナリムブルが家督を継ぐ。

 ブジャイらはハダによって父親が殺されたと思いこみ、ハダを恨んでは攻めた。

 李成梁は一五八八年明領から出兵し、二日間の攻城戦をへてふたりを降伏させた。

「二部が争っていたのでは、ヌルハチが漁夫の利を得るばかりじゃ」

 李成梁はそう考えると積極的に二部の融和を図った。ハダが返そうとしない勅書をイェヘに返還させ二部を和議に持ちこんだのであ

る。けれどもこの和議はあくまでも表面上のことであり、両者の対立には根深いものがあった。

 この時期の李成梁は経済力、軍事力ともに絶頂期にいた。まるで遼東の王のごとく振る舞っていたのである。しかし、彼の身にも暗

雲がたちはじめた。実力はあったが、有頂天になりすぎたのかもしれない。策士が策に溺れたのである。以前より彼に纏わる横領や収

賄の噂は絶えなかったが、明朝の中央官僚に贈賄することによって命脈をたもっていた。

 一九九一年、李成梁は愚かにも戦功を捏造するため国境外にすむ

漢人を敵兵と偽り、三百名を殺害しおのれの手柄であるとした。こ

れが露見する。周囲の官僚らが目を瞑るには事件が大きすぎた。明

朝の中央官僚も李成梁を庇いきれず総兵官の職を解かざるを得な

い。李成梁は更迭された。

 同年このどさくさに乗じて、イェヘはハダの部族長ダイシャンを

呼び出してぼろ布を裂くようにこっそりと殺している。ダイシャン

の子は幼すぎ、明朝はメンゲブルにハダをゆだねた。メンゲブルは

ワンハンの末子でありダイシャンの叔父にあたる。叔父甥の権力争

いはひとまず幕を下ろすが、ハダの地盤低下をとめることはできな

「性懲りもないガキめら、我慢ができぬ」

かった。やがてイェヘのフルン内での絶対的な優位は揺るぎないも

のとなっていく。

 

「フルンはわれらの掌中にある。小生意気なヌルハチをなんとかせ

ねば」

 イェヘのナリムブルは勢いづき、ヌルハチへ使者を送った。

 その口上はあまりに居丈高で、まるでマンジュを挑発しているか

にみえた。

「長白山一帯で領土を拡張しておるようだが、それは黙っていよう。

その替わりにエルミンとジャクムの両地域をわれらに譲れ」

 この二地域はイェヘが鴨緑江へでる要衝である。ナリムブルも人

参をヌルハチに独占されては困る。多少の危機感もあり、フルン四

部の力を背景にして高圧的にでた。

「エルミンとジャクムはわれが満洲国の領土であり、牛や羊をよこ

せというのとは訳がちがう」

 ヌルハチが使者を追いかえすと、ナリムブルはハダやホイファと

相はかって再度使者を送ってきた。

「そこまで言うには一戦する覚悟ありとみた」

 使者はナリムブルの指示どおり脅迫的な態度をとり、いままさに

刀の鯉口を切る勢いである。

「フルンがマンジュより強大なことは認めるが、戦の差配ではひけ

をとらぬ。ナリムブルこそ国境を越える度胸はありや」

 ヌルハチは身じろぎもせず答えた。

「ヌルハチ殿、大口をたたいては禍根をのこしますぞ」

「当方はいつでも戦の準備はできている。ナリムブル殿がお出での

際は矢弦をもってお出迎えいたす」

 使者は悠然としたヌルハチの態度をみて怒りで顔を真っ赤にし

た。

「ほえづらかくな、ヌルハチ」

「たびかさなる無礼な言動、お館さまがゆるされてもヤルガチがゆ

るせぬ」

 使者をむかえての宴の真っ最中である。

 酒の勢いも手伝ってヤルガチが叫んだ。

「この無礼者を捕らえよ」

 ヌルハチは黙って事の推移を眺めている。

 兵が左右から躍りかかり、使者の一行はたちまち捕らえられた。

「使者に対して失礼であろう」

 ヌルハチをふりかえった使者の顔色は蒼ざめているが、強気の姿

勢は崩していない。

「わしの身に手をかけてみよ。全フルンが黙ってはおらぬ。ぬしら

のような猪武者のあつまりではいかんともできぬわ」

 酒を飲まないヌルハチは冷めている。

「お館さま。この礼儀しらずをいかがいたしましょう」

「首を叩きおとしてナリムブルへ送りかえしましょうか」

「酔いが醒めるまで庭の木にでも吊しておけ」

 ヤルガチは兵に指示をするや、使者を蹴るようにして庭にひきず

り出した。

 ヌルハチは思わず舌打ちをしたが、すぐに真顔にもどり表情をひ

きしめた。

 ──これでイェヘが攻めてくれば、ブジャ

イとナリムブルを仕とめる大儀ができる。

 ヌルハチは肉をこまかく切るとゆっくりと嚥下した。陪席するエ

イドゥも盃を嘗めるように口へはこんでいる。

 ──ヤルガチも策を弄するようになった。

ここはヤルガチの仕掛けにまかせるか。奴らがこの挑発にのればよ

し。

 ヌルハチは素知らぬ顔で北叟笑んだ。

 

 ナリムブルは両肩をかかえられ帰ってきた使者をみて怒りと恐怖

が交錯した。

「礼を知らぬ野蛮な奴らめ」

「しかしイェヘ一軍では飢えた虎とは戦えませぬ」

「フルン四部を以てあたらねば」

 おなじ頃長白山のジュシェリとネイェン二部がヌルハチの領土の

ドゥンを侵していた。これはヌルハチの領土でも最東端に属する砦

であった。

「ドゥン攻めにはわれらが兵を貸しておる」

 ブジャイは目を天井にむけると言った。

「ヌルハチがこれを知ればイェヘに兵を出すであろう」

「ブジャイ殿、早々に全フルン及び近隣を糾合いたしましょうぞ」

 ナリムブルは根回しを開始した。ハダのメンゲブルとウラのブジ

ャンタイ、そしてホイファのバインダリら各貝勒がいそぎ参集した。

さらには、モンゴル系のコルチン族やフルンの北方に位置するシベ

とグワルチャ二部と長白山の二部が合流する。ここに九部族連合が

成った。

 ヌルハチの包囲網はイェヘが一万、他のフルン三部で一万、総数

三万を超えている。これに対しマンジュは統一されたとはいえヌル

ハチが動員できる兵はせいぜい一万である。

「多勢とはいえ烏合の衆である。さらに言えば頭でっかちで身動き

がとれぬ」

 ヌルハチはゆっくりと一同を見まわし、泰然自若とかまえている。

「船頭多くして船陸へ上がる、と申します」 エイドゥが不敵なわら

いをうかべた。

「藁はいくら集まっての柱にはならぬ、とも言う」

「お館さまはうまいことをおっしゃる」

 一同大笑いをしてヌルハチを見つめた。マンジュの将兵ははヌル

ハチを軍神として崇めている。そのうえヌルハチ軍は合戦なれして

いるだけでなく、将兵ともに常にヌルハチのためなら死をも厭わな

い覚悟ができていた。

「天もわれらに味方する」

 

 一五九三年、フルン四部はマンジュの砦フブチャを襲撃し、これ

を一夕にして殲滅した。

「砦ひとつに四部族があたるとは大仰なことじゃ」

 ヌルハチはすぐさま報復した。

「フルギヤチの砦をひと揉みしてくれるわ」

 フルギヤチはハダの砦である。ヌルハチは容赦なく攻め、枯れ木

を抜くように呆気なく屠った。

 双方の小手しらべからマンジュとフルンの戦端がひらかれた。同

年九月、早くもマンジュ一帯に木枯らしが吹き、晩秋から初冬へと

季節はうつろうとしている。九部族連合は霙まじりの寒風を突い

て、一直線に南下して渾江を渡るとジャカ城の前面に布陣した。ジ

ャカ城はマンジュの北の要衝である。対フルンでは最前線になる。

ヌルハチは部下のウリカンを東へ斥候として派遣した。ウリカンの

脚力はマンジュ一といわれ、その洞察力もたかく評価されている。

「カラスの大群が北へむかって飛んでゆき、これに遮られて前へは

すすめませぬ」

 ヌルハチはすべてを諒解した。

 ──敵は東方からはやってこぬ、おそらく

は北でめしを喰っておろう。カラスが北へむかったというのがその

証であろう。

「渾江あたりを探ってみよ」

 ウリカンは一睡もすることなく野を駆けめぐり、的を射た報告を

持ち帰った。

「一行は渾江の北部にて野営中、おおいに炊煙があがっており、そ

の数三万はくだりませぬ」

 ウリカンはヌルハチを見あげると自信ありげに意見を具申した。

「敵は小盆地内に固まっており、夜襲には絶好の機会とおもわれま

す」

 ヌルハチは銀の小粒のはいった袋をウリカンに投げあたえ労をね

ぎらった。アンフィヤングやエイドゥらの幹部はヌルハチの下知を

まっている。いまやマンジュは女真の一角をになう大国である。信

長の『桶狭間』とは戦略も政略もあきらかにことなっていた。

「敵は強行軍で疲れている。此度は天下を二分する戦である。明朝

正面から堂々と戦うべし」

 エイドゥはその答えに満足した。

「常から威風堂々とした戦をしておれば、周囲の国や人民はわれら

のもとへ集まりましょう」

 アンフィヤングも黙って頷いている。

「兵たちに肉と酒を振る舞ってやれ」

 ヌルハチはそう言うと早々に寝床へはいった。

 寝室には妻のモングが待っていた。

「お館様、三万と聞いて臆されましたか」

 モングはヌルハチの耳もとで囁いた。目もとは少女のようにいた

ずらっぽく笑っている。

「小心者のブジャイがやっと出てきた。これほど嬉しいことはない」

 ヌルハチはモングのちいさな肩を抱きよせると右手を旗包の裾の

中にいれた。若い芝のような叢をまさぐっている。モングもヌルハ

チの下腹部に手をあて「まぁ」と、あきれたようにほほえんだ。

「こんな時にでも・・・、お館さまは強いお方でございます」

 ヌルハチはモングの両手を自分の肩にのせると小ぶりではあるが

張りのある腰を強く抱きよせた。

「常在戦場、矢をはなつ備えは怠たってはおらぬ」

 モングは手を口にあて、愉快そうにけらけらと笑いヌルハチに身

をまかせた。

 

 翌朝ヌルハチは全軍に出動を命じる。そして一族と幹部将兵を堂

子のまえに整列させ、天にむかって叩頭した。

「この一戦にマンジュの興廃がかかっておる。みな、気をひきしめ

よ。フルンをとれば報奨は望みどおりじゃ」

 連合軍はヌルハチがジャカ城へむかったと聞くと、擂り鉢の底に

いる不利をさとり移動を開始した。

 ヌルハチがジャカに到達すると連合軍はすでにヘジゲ城へむかっ

ていた。ヘジゲもジャカと同じくマンジュにとって北辺の重要地点

である。ヌルハチは軍を還すや先まわりしてヘジゲ城に着陣した。

そして全軍をグレ山へ移動させるとヘジゲ城を見おろすようにして

陣を布いた。

『グレの戦い』である。

 ブジャイが率いる連合軍はヌルハチらがグレ山に潜んでいるとは

知らず真っ向からヘジゲ城を攻めた。

「こんな小城ひとおもいに踏みつぶせ」

 ヌルハチは敵軍の動勢を睨んでいる。やがてエイドゥをよぶと慎

重に策をさずけた。

「兵五百ばかりをともなって背後からおそえ、小心者のブジャイは

少数とみるや此方へむかってこよう」

 エイドゥはヌルハチの策が掌を指すようにわかる。

「小当たりして、深追いするな」

「狼の群れにおののく兎のごとくでございますな」

「さすがはエイドゥ、物わかりがはやい。追いつかれずひき離さず

グレ山まで導くのじゃ」

 エイドゥが背後に姿をあらわすとブジャイは慌てふためき、突然

の新手に兵はにげまどった。

「敵は少数じゃ、騒ぐでない、とどまれ」

 ブジャイはマンジュが寡兵であると知るや、必死で味方を押しと

どめ反転を命じた。

「城はあとにして、目前の敵を血祭りにあげる」

 三万の兵が一斉に翻ってエイドゥに襲いかかった。エイドゥは頃

あいをはかって敵に背をむけ適度に迅速に退きさがりはじめた。

 連合軍は馬に鞭をいれ、彼我の差は微妙に縮まってくる。エイド

ゥはグレ山の麓で兵を散開させ山へと逃げこんだ。

「いまじゃ、山を駈けおりよ」

 ヌルハチは号令した。銅鑼がけたたましく打ち鳴らされている。

全山が吠え、まるで山そのものが立ちあがったかにみえる。

「ブジャイら貝勒のみ討て、雑兵にかまうでない」

 マンジュ軍は飛んでは降り、降りては飛んだ。目指すは貝勒の首

のみである。連合軍は周章狼狽し収拾がつかない状況に陥っている。

「退けぇ」

「ブジャイ様をおまもりしろ」

 命令は前後左右に飛ぶが、伝令網は寸断寸断にされている。ブジ

ャイは混乱の極みのなかで藻掻いていた。

 陣中にエイドゥの家来でウタンという若者がいた。かれは虎視眈

々と貝勒の首を狙っていたが、そこに幸運としか言いようがないこ

とがおきたのである。敵の大将ブジャイの馬が彼の目前で木に躓い

てころんだのである。馬から投げだされたブジャイに、ウタンは網

を蝶にかぶせるようにして組みつくと、有無を言わせず首を薙いだ。

一瞬の出来事である。

 若者は咆哮した。

「うおーっ......」

「ブジャイを討ちとったぁー」

 イェヘの部族長ブジャイの討死には連合軍を殊更に混乱へとみち

びき、他の貝勒もわれさきに逃げはじめた。兵の動揺はそれにもま

して大きくなる一方である。やみくもに敗走する連合軍をヌルハチ

は徹頭徹尾追撃させた。

「すべての貝勒を逃がすでない」

 シュルガチ、ヤルガチそしてフルガンやホホリもここぞとばかり

に駈けた。戦場は草刈り場と化した。

 

 漸く陽が落ち、あたりに静けさが戻ってきた頃、あちらこちらで

主をうしなった馬が枯れ草を食んでいる。寒風があたり構わず吹き

すさみ馬たちのたてがみを波立たせていた。そんななか、ひとりの

貝勒が引きたてられてきた。背は高くなくやや猫背の男であった。

ちいさめの顔に眼が奥まってついている。ウラの部族長ブガンの子

ブジャンタイである。

 ウラはフルン四部のなかでは東北にあたり、現在の吉林市郊外に

ある。祖先はフルン河流域に住みつき当初フルン族を名乗っていた。

その後その子孫がウラ河(松花江)沿岸へ移動しウラを呼称した。

時代はくだって、ウラの祖ナチブルから五代目にケシネとジュヤン

というふたりの兄弟がいた。ケシネの系譜からハダが枝分かれして、

他方ジュアンの四代あとがブジャンタイである。よってウラとハダ

は同祖をもつ遠戚である。

 ヌルハチはブジャンタイを睨みつけている。

「久しいの」

 そう言うと、口もとを綻ばせた。

「覚えておったか」

 ブジャンタイのちいさな眼はヌルハチの視線を避け落ちつきなく

うごいている。

「大事な部下をふたりも殺した罪は贖って貰う」

 嘗て、ヌルハチは黒貂を求め哈爾濱へ出向いた帰路、ウラ近隣で

ブジャンタイの一隊に襲われている。

「ハダとコルチンは取り逃がしたが、ブジャイは死んだ。マンジュ

に逆らうものはたとえ貝勒といえどもゆるしはせぬ」

 ヌルハチは憤怒の形相を見せ、些かの妥協の余地もないようにみ

えた。ブジャンタイは縮みあがった。

「わしがわるかった。ハダのメンゲブルに騙られたのじゃ。以後、

おぬしには逆らわぬ。ヌルハチ殿こそ女真の王にふさわしい」

 ブジャンタイは傍目も気にせず体を震わせて弁解した。鼠のよう

にピンとたった口髭が小刻みにゆれている。

「禍根はのこしたくない。根を絶っておかねば雑草はまた生える」

 ヌルハチが腰に手をまわし、兵がブジャンタイの首をおさえると、

ブジャンタイは頭を被って失禁した。戦闘服の裾から白い湯気がた

っている。

「ウラの貝勒たるものがなんたるざまじゃ」

 ヌルハチは天をみあげて嘆息した。

「縛っておけ。おって沙汰する」

 ブジャンタイはフェアラへ送られた。ブジャンタイの兄マンタイ

は馬と引きかえに弟の釈放を申しでるが、素気なくヌルハチに拒否

され、その結果、ブジャンタイは数年間の捕虜生活を余儀なくされ

るが、日々の行動はかなり自由であり軟禁状態といってよかった。

戦いがおわりヌルハチは冷静になると、ブジャンタイを厳罰に処す

ることによる他国の風評を気にしたのであろう。これが功を奏した

のかウラはマンジュにすり寄ってきた。

 連合軍は馬、食料そして武具をおいて逃げ去った。ヌルハチはそ

れらをすべて拾いあつめるとその多くを兵たちにわけ与えた。兵た

ちは兵であることを生業とはしていない。いわば日雇い戦闘員であ

り、この臨時の収入をあてにして戦闘に従事しているものが大半で

ある。

「お館さまの気前のよいことよ」

「嬶によきみやげができた」

「これでつぎの戦にはもっとたくさんの矢がもってこれる」

 などと、兵たちはこの分け前をもって勝利の味をかみしめるので

ある。また、この略奪品はマンジュにとって引き続く戦いの軍資と

なるだけでなく、重臣や一族をヌルハチの籏のもと一致団結させる

求心力となる。

「エイドゥ、その殊勲一等である」

 グレの戦いで勝利のながれをつくったエイドゥはブジャイの馬を

ふくめおおくの下賜品を受領した。

「わしの馬もやろう」

 上機嫌のヌルハチはこの一戦でもちいた自慢の白馬をもあたえ

た。エイドゥもブジャイを討ちとったウタンに、「わしの刀じゃ」と、

惜しげもなく佩刀をあたえた。そのうえ銀の詰まった革袋も、「皆

でわけろ」と、振るまった。こうした報奨の連鎖が、つづく戦いの

士気をいやがうえにも高めていった。

 このグレの戦いによってイェヘのフルン内における影響力は急速

に衰えていく。明朝も勢いにのったヌルハチに敬服せざるを得ず、

一五九五年には竜虎将軍の地位をあたえることになる。これは元来

ハダのワンハンの称号であって、代々その子に引き継がれていたの

をヌルハチが以前より要求していたのである。この称号をヌルハチ

が手にしたことは、マンジュがハダに代わって女真の統率者に就い

たことを意味している。

 以前、長白山のジュシェリとネイェンがイェヘに援兵を頼み、マ

ンジュの領土を侵食したことは述べた。ヌルハチはこれをゆるすこ

となく平定にとりかかった。ジュシェリはイェヘ派のユレンゲとマ

ンジュ派のイェチェンに分かれ激しく争っていた。

「ヌルハチ殿は既に女真の主である。これに従わねばジュシェリに

将来はない」

 これを聞くと、ヌルハチは「そうか」と、相好を崩した。

「イェチェンに妹をやろう」

「それでユレンゲを牽制できまする」

 ユレンゲはグレの戦いが連合軍の敗北に終わるやあわててヌルハ

チに詫びを乞うた。

「先の読めぬ奴、今更来てなんになる」

 ヌルハチはユレンゲに信をおいていない。

「話すことはない。戦の支度をして待っておれ」

 素っ気なく使者を追い帰すと間髪いれずにユレンゲに兵をさしむ

けた。孤立無援のユレンゲはヌルハチの大軍をまえにして絶望の崖

っぷちに立つおもいである。

「一族と家来を安堵してくれればわしは自害する」

 ユレンゲは意を決すると使者をたてた。

「 してやったり。しかし、いま少し骨のある奴とおもっていたが」

ヌルハチは意外な展開に気落ちしたが、早々にイェチェンを呼ん

だ。

「イェチェン、そちが適任じゃ。首を受けとってまいれ」

 ヌルハチはさり気なくイェチェンを軍使にたて忠誠を試したので

ある。ユレンゲはイェチェンを見るや、ゆっくりと兜を脱いだ。

「おまえが来るとは」

 そして素早く腰の刀を抜くとおのれの首を掻ききった。

「残ったものはわれに続け。ヌルハチ殿は慈悲深い方じゃ、悪いよ

うにはせぬ」

 イェチェンは残されたユレンゲ一派を説き伏せ、ヌルハチに臣下

の礼をとった。

 

 もう一方のネイェンはジュシェリの東にある。こちらも二派に分

かれていた。

 親マンジュのスルドゥンガは既に住民をつれてヌルハチに降って

いたが、抵抗をつづけるセクシはグレの戦いの結果を聞くやフルン

のホイファへのがれようとした。

 この頃「マンジュは勇将アンフィヤングと智将エイドゥの両の背

に立つ」と、いわれていた。ヌルハチは最も信頼のおけるこのふた

りに出陣を命じた。

「スルドゥンガを助けてセクシを討て」

 スルドゥンガはホイファの手前で伏せている。兵の一部はヌルハ

チから借りていた。焦るセクシは斥候も出さずにひたすらホイファ

向かって遁走していた。

「逃がすな、ヌルハチ様へ馳走せよ」

 スルドゥンガは全軍をあげ襲いかかった。セクシらはなんとか持

ちこたえるとフォドホ城へたて籠った。援軍が期待できない籠城は

腐るにまかせる柿の実ににている。

「馬鹿め、袋の鼠じゃ」

 アンフィヤングとエイドゥは熟柿になるを待たずして果敢に攻め

た。スルドゥンガも必死である。守勢一方のセクシは城に火を放っ

て討ち死にした。ネイェンもジュシェリも小国である。イェヘとい

う水源が涸れれば鉈をふるうまでもなく朽ちはてたのである。

 

 一五九七年になると、フルン四部は矢継ぎ早に使者をつかわして

ヌルハチに和議を申しいれる。特に、戦死したブジャイの子ブヤン

グの行動は早かった。鎧、兜、馬に加えて妹を差しだすと言う。

「グレではたいへん失礼した。お許しくだされ」

 ナリムブルもこれを聞くと、慌てて人質をさしだした。

「わが弟の娘をヌルハチ殿のご子息へ娶せたい」

 フルンの最小国ホイファは適当な人質が見あたらず、コルチン族

とともにモンゴル馬百頭を送ってきた。

 ヌルハチはそのうちの白馬一頭を天に捧げ、「和平が常世につづ

くように」と、祈念した。ヌルハチが敢えて献上された馬を屠った

のは理由があった。

 ──フルンのことばは汚れておる。

 ──天に献上し、浄めねばならぬ。

 顔にはださぬがこのように心中思っていたのである。

 ついでフルハの諸地方も狐や貂の毛皮を携え競ってマンジュに朝

貢した。フルハは黒龍江中流地域の総称で、「東海三部」の一国であ

る。他にウェジとワルカがあり、中華文明からすると「野人女真」す

なわち未開の地とされていた。この地はフルンの東北にあたり、黒

竜江沿岸では良質の黒貂が採れることは既に述べた。黒貂はこの中

流地域を集散地として明へおくられている。彼らは船を仕たてさか

んに黒竜江を遡ってきた。マンジュもフルンも明へ朝貢するにはお

おくの黒貂を必要とする。フルハは女真経済の命綱であり、黒竜江

はその大動脈である。フルハをおさえることは黒貂を手にいれる直

接の流通経路を手にしたことになり、ヌルハチは欣喜雀躍した。

「嫁をとらす」

 朝貢するフルハの使者六名に娘らを掻き集めるようにして与えた

のは、余程うれしかったのであろう。

 長白山二部とフルハを手にしたヌルハチは、この時代の二大産物

人参と黒貂を自在に取りあつかえることになったのである。この意

味あいは大きかった。堺をおさえた信長の例をだすまでもなく、あ

り余る富をもって武器をそろえ兵を養えば、長城を越えて北京を手

中にいれることも可能になる。

 ヌルハチの視野に中原が見えてきた。

  第五章 ウラ滅亡

 フルンの勢力図は塗りかわりつつある。

 衰えたとはいえ、迫りくるイェヘの侵攻にメンゲブルは焦れてい

た。

「殿、ハダ城内の小川が真っ赤に染まっておりまする」

 メンゲブルの脳裏に不吉な予感がはしった。

「悪いことが起きねばよいが」

 そこにイェヘに放っておいた間諜が慌ただしくもどってきた。顔

面蒼白である。

「いよいよイェヘの総攻撃が始まりそうでございます」

 一五九九年五月のことであった。朝晩はいまだ冷えるが昼間なら

単衣でじゅうぶんである。メンゲブルはこぶりの手あぶりを手前に

寄せひと呼吸おいた。

「兵は如何ほどじゃ」

「八千とみました」

「当方は掻きあつめても三千にはとどきませぬ」

 メンゲブルは思案を巡らし重臣のひとりを手まきした。

 ─  ここは一旦マンジュと組むか。

「ヌルハチにわが子を人質としておくる」

「そちが使者として参れ、必ずや援軍をつれてくるのだ」

「ヌルハチに援軍をあおぐのは危険かと」

 メンゲブルのあせりを感じた重臣はその案をいさめた。

「ヌルハチとてハダとイェヘ、同時には戦えまい」

 メンゲブルには大国意識がある。マンジュの飢餓軍団の恐ろしさ

を理解していなかった。

 

 メンゲブルからの使者が辞去すると、ヌルハチはエイドゥを近く

に呼びよせた。

 エイドゥは涼やかな目でヌルハチを見あげている。その目には一

点の曇りもない。

「イェヘへ網を投とうと用意しておりましたら、そこへハダが飛び

こんでまいりました」

「これでイェヘへ兵を出す名目が立つ」

「イェヘを討てば、ハダの孤立は必定」 

 ヌルハチは眼のまえの蠅を両手でうち、それを抓んで湯飲みへす

てた。ふたりは互いを見つめあい、どちらからともなく大笑いした。

 ヌルハチは早々にフィオンドンとガガイを先発させ、自分は後詰

めにまわり二部族をひといきに屠る算段である。

「この機会をのがすな、イェヘとハダが同時にわれらのものとなる」

 フィオンドンとガガイは二千の兵を率いてマンジュ領をこえた。

将兵いち丸となってイェヘの陣中へ駈けこんでいく。イェヘにこの

常勝軍団を妨げるものはなく、ナリムブルはこの勢いをみて震えあ

がった。

「マンジュとはこんなに強いのか、やはりわれらだけでは手におえ

ぬ」

 ナリムブルは突然メンゲブルへすり寄った。この無節操さはモン

ゴルや女真の戦いではよくみうけられる。日本の戦国時代でも戦い

のさなかに勝ち馬に鞍替えすることは多々あるが、戦いをしかけた

張本人が真正の敵と和睦して援軍に兵をむけるなどよほどの策士で

ないかぎり思いつかないであろう。

「昔の誼だ。ここは手を組もう」

 と、ぬけぬけと言った。哀れにもメンゲブルは人質のわが子を忘

れてこれに乗ったのである。ヌルハチは小躍りして喜び、エイドゥ

を手招きした。

「ひと網に二匹の鯉がはいってきた」

「まことに、お館さまはご武運がつよい」

「イェヘはいかがするか」

「われらが出れば、イェヘは兵をひきましょう」

 ふたりにはナリムブルの心の内が手に取るように見えている。

「さすれば、イェヘへの兵をハダへ振り向けます」

「ではハダから料理するか」

 エイドゥは黙って肯いた。

 ヌルハチは笑いをこらえると、エイドゥとヤルガチに兵五千を授

けハダ城をかこませた。さらにみずから後詰め三千をもってその後

方に本陣を敷いた。

 ──メンゲブルは愚かなり。われらが手を

くだす必要もない。

 ナリムブルはこう呟くとエイドゥの予測したとおり兵を退いた。

「欲しければやる」と、まるでおさな子に飴玉をやるようにハダを捨

てたのである。

 ヌルハチはハダ城を陥とすとメンゲブルを捕虜とする。フィオン

ドンやヤルガチらは全軍をハダ領内に展開し、諸城を荒らしまわり

おおくの民衆をマンジュへ拉れさった。

 

 マンジュに捕虜となっていたブジャンタイはこの三年前に解放さ

れている。メンゲブルも彼と同様に比較的自由な捕虜生活をおくっ

ていた。

「退屈でならぬ、ガガイ殿、よき女はおらぬか」

 ヌルハチから特に沙汰はない。メンゲブルにわが儘の虫が出はじ

めていた。

「ひとりおりまする、お館さまの後宮に最近はいったもので孤閨を

もてあましております」

「それはよい。今宵の宴に席をもうけてくれぬか」

 ガガイは砂金のはいった革袋を受けとると、あたりを見まわしお

おいそぎで懐に押しこんだ。

 

 深更、メンゲブルは寐床のなかにいた。裾は既に乱れ天井の壁虎

を見つめている。その隣には素裸の女が俯せに寝ころんでいた。い

まだ目は虚ろで荒い息づかいがつづいている。

 メンゲブルは女のほうに向きなおると、右手で頬をなでながら囁

いた。

「わしを助けてくれ」

 左手で胸乳を弄っている。仰向けになった女の目は半白眼のま

ま中空を彷徨っていた。

「閨中、ヌルハチの頸をかけ」

 女は驚くようすもなく手を口にあてたが眼は笑っている。

「あぶないことを」

「むろんおまえもつれて逃げる。ハダで贅沢三昧をさせてやる」

「ハダはなくなったのでは」

「息子のウルグタイが残っておるわ」

 女はメンゲブルの辮髪をくるくると指でまるめて訊いた。

「ガガイ様はどうなりましょう」

「おまえはガガイの女か」

 女は「オッホホホ」と、声をたてて笑った。メンゲブルにとっては

逃げだすことができれば女はどうでもよい、むしろ連れかえれば面

倒である。

「ガガイもつれていく」

 女は上目遣いで頷くとメンゲブルの下腹部をつよく握りしめた。

 だが、翌朝ふたりは広場へひきだされた。控えの間の侍女がこの

睦言を聞いているとは知らなかったのである。セリ台のマグロのよ

うに並べられたふたりは台の上にうす布を被せられ、一糸纏わず縛

られている。

「なかのよいことじゃ、そのまま一緒に地獄へ旅立つがよい」

 大薙刀のひとふりがふたりの胴を上下に分けた。

「ガガイも始末せよ」

 メンゲブルが処分されたのを聞いて明朝は激昂した。

 「由緒あるハダの嫡男子をこれほどまでに辱めるとは、これでは

遼東の秩序がたもてぬ」

「ヌルハチに申しつけよ」

 明朝はハダの名跡をメンゲブルの子のウルグダイに継がすよう横

やりをいれた。さもなくば撫順の馬市を閉鎖するという。経済封鎖

である。ヌルハチは不承不承この要求をのみ、且つハダの民衆らを

解放した。

「お館さま、ご辛抱を」

 マンジュの力は女真内では抜きんでいるとはいえ明は強大であ

る。

「わかっておる、いまは逆らえぬ」

 ──天よわれらにもっと力を。

 ヌルハチは歯がみして圧力に耐えている。

 

 ところがその後イェヘはたびたびハダに侵入して農民から家畜や

作物を掠めとっていく。ヌルハチが明朝の意にしたがってハダに返

還した人と物である。

「これでは約束がちがう。イェヘにやるつもりでハダにかえしたの

ではないわ」

 再三再四ヌルハチは抗議するが、明朝からはなしの礫である。

「埒があかぬ」

「約束は破棄する」

 ヌルハチはふたたび兵を出すと、ハダの民衆とウルグタイをマン

ジュへ移住させ保護下においた。しかし明朝の官僚には馬市を閉鎖

する度胸もなく黙認せざるをえない。ハダの民衆の悉くがマンジュ

領内へ移りすむと、ウルグタイもヌルハチに忠誠を誓った。ウルグ

タイは軍門にくだったのではなく、むしろ積極的にマンジュの一員

となろうとした。イェヘの暴虐と明朝の腰砕けな方針に厭気がさし

たのである。

「ヌルハチ殿についていきとうございます」

 ウルグタイはヌルハチに深々と頭をさげた。その後ろには一族の

重臣も控えている。

「健気な奴」

ヌルハチはウルグタイをマンジュの重臣に登用した。これによって

ハダはマンジュに吸収され、ワンハン以来の名門は歴史から姿を消

した。

 一六〇三年をむかえるとヌルハチは手狭になったフェアラ城をは

なれている。マンジュに移住してくる部族は増えるいっぽうである。

あたらしい住民を収容するにはあたらしい都が必要であった。ヘト

ゥアラ城は父祖の地フェアラのやや北にある。フェアラは典型的な

山城であったが、ヘトゥアラはむしろ平城である。日本でも戦国時

代もおわりになると城は山から平地へとうつっていった。防禦より

経済を重んじたのである。ヌルハチも城内を殷やかにすることによ

って増収をはかった。このフェアラ城は二代目ホンタイジの時『興

京』と改名されている。

 増える兵を収容するだけではこと足りず、ヌルハチは組織の改革

にのりだした。

 この忙中、ヌルハチが最も愛したモングが死んだ。モングはイェ

ヘのナリムブルの妹である。フルンとの和平は天に誓ったとは云え

いまだ水面下では釈然としていない。

「お館さま、モングは母におわかれがしとうございます」

 モングはヌルハチを手まきして耳もとで囁いた。その声は晩秋の

虫のように消えいりそうである。かぼそい躰はさらにほそくなり、

触れればおれる枯れ木のようであった。

 ヌルハチはモングが幼くして嫁いできた日を思いだしていた。

 ──モングが来たのは一四の時じゃ、初

心なむすめであった。ヌルハチは身を現実にもどしモングを見すえ

た。

「わかれとは縁起でもない。母の顔を見れば元気もでるじゃろう」

 ヌルハチは両手でモングの涙を拭って明るく言った。

「イェヘに使いを出してある。それより食べるものを食べてくれ」

 モングはちいさくうなずくが声は聞こえない。

「おまえに死なれてはわしが天下をとっても虚しいだけじゃ」

 モングは目を閉じ、ただ黙っている。

「わしが玉座に座るのを楽しみにしていたではないか」

 ヌルハチだけが沈黙を嫌って一方的にしゃべっている。

「イェヘよりお見舞いの方が参られました」

 ヌルハチは侍従をふり返ると「早うここへ」と、叫んだ。

「母がおいでじゃ」

 しかし、モングの母の姿はなくそこにはひとりの男が立っていた。

「誰じゃ、モングの母者はいずれにおられる」

「わたくしが代理で参りました」

 ナリムブルは敵対するマンジュに母を人質とられることを恐れた

のである。ヌルハチは事情を素早く察した。

「わしがそんなに卑怯者にみえるか、それともナリムブルがよほど

の小心者なのか」

 使者は黙っている。

「わが領内をこそ泥のように荒らしまわったり九部族連合といい、

ナリムブルは何をかんがえておる」

 使者に答えられるはずもない。

「われらが和平を誓って天へ生け贄を捧げたのを忘れたか」

「お館さま。もうよろしゅうございます」

 モングの声は涙とない交ぜになって最後まで聞くことができなく

なっている。

「イェヘは許さぬ、ナリムブルへそう伝えよ」

「マンジュは礼を知らぬ」

 使者はやっとの思いでそう言うと退室した。モングは空ろな眼で

そのうしろすがたを追った。頬にはほそい絹糸のような涙がつーっ

と流れた。

「ホンタイジを呼んでくだされ」

 モングはやっとの思いで声を出した。

 ヌルハチは部屋にはいってきたホンタイジの背中をそっと押し

て、モングから目を背けた。

「母とふたりで話すがよい」

 母親似といわれた切れ長の眼はすでに真っ赤になっている。ホン

タイジはヌルハチに眼で会釈をすると寐床にひざまづいた。

「母上・・・・・・」

「お館さまのいいつけをよく守って、マンジュを、マンジュを・・・・

・・」

 モングは静かに目を閉じた。ヌルハチは部屋から出て扉を後ろ手

で閉めると、声も出さずに慟哭した。モング享年二八短い生涯であ

った。

 一六〇七年流れ星がホイファへ落ちた。女真は星が落ちるのを忌

み嫌う。この流れ星は一ヶ月もつづいたという。

「悪い報せだ」

 民衆だけでなくホイファの貝勒も動揺した。みなが案ずるところ

は一致していた。ホイファ(輝発)がフルン四部のなかではもっと

も小国であることは既に述べた。

 南北にのびる明領と女真の国境沿いに開原と撫順が並んでいる。

明領の東側、女真領にも同じく北からイェヘ、ハダ、マンジュと並

び、ホイファはその縦の列のさらに東にある。この列はさながらホ

イファが明領へ接触するのを妨げているかに見えた。イェヘとマン

ジュが対立すればホイファは中立をたもたざるを得ない。せねば忽

ち経済的に孤立する。

 ホイファの祖シングリは松花江下流を本拠地としていた。やがて

シングリから数えて六代目のワンギヌがあたりを平定すると輝発河

にそって城を建てた。ホイファの名はここからきている。

 ヌルハチと一戦交えるころはワンギヌの孫バインダリが七人の叔

父を亡き者にしてホイファを継いでいたが、この権力闘争も彼の才

覚が秀でていたので勝ち取った、というものではなくタナボタ式に

転がりこんできたものであった。背丈は並よりやや高いが、下膨れ

の顔は育ちの良さがにじみでていて、その動きも緩慢そのものであ

る。バインダリは一国の主となってはみたが、一帯に勢力を増して

くるマンジュからの風圧はじわじわと強まるばかりであり、けっし

て安穏とはしていられなかった。

 流れ星の落ちた前年にはカルカ族が他のモンゴル系有力部族長を

ともなってマンジュを訪れている。 

「これよりヌルハチ殿を敬愛する王と呼ばせていただく」

「モンゴルと女真は倶に同じ天を戴く兄弟も同然。漢人とはすべて

がちがう」

「ヌルハチ殿が女真を統一した暁には、中原を目指すのでござろう。

われらも同様、犬馬の労を惜しみはせぬ」

「まことわれらは同文同種の同族である」

 マンジュに与する者にはヌルハチはあくまで頼もしく、背く者に

は得体の知れぬ鵺に見えてくる。その怪しき鳥が姿を見せず、ホイ

ファ一族に躙りよってくる。バインダリの不安は頂点に達した。

「マンジュ、イェヘに挟まれては夜も寐られぬ」

 イェヘへの亡命者がバインダリの一族からも続出した。民衆もこ

れにつづき脱出しはじめた。バインダリはイェヘとマンジュを天秤

にかけたが、将来を見越してヌルハチに人質をさしだし援助を乞う

た。イェヘのナリムブルにはマンジュとはいずれ雌雄を決する腹づ

もりがある、この同盟はおもしろくない。

「わしらにホィファを侵略する意図はない。亡命者を送りかえすの

で、マンジュから人質をひき揚げて貰いたい」

「昔どおりなかよく暮らしていこう」

 原状復帰をしようというのである。

 バインダリは真綿のなかで育ってきた。疑うこともなく喜色満面

でナリムブルの口車にのった。そのうえお人好しにもイェヘに自分

の子を人質として送ったのである。この人質はホイファにとってな

んら福をもたらすとは思えないが、この苦労しらずにはわからなか

った。

「バインダリは一国の主としては軽すぎる、ホイファは永くない」と、

ヌルハチは診た。

 だが、イェヘは一向に亡命者をかえそうとしない。さすがのバイ

ンダリも不信感をつのらせ再度ヌルハチに接近した。

「亡命者がもどりしだいヌルハチ殿の子を嫁にいただきたい」

 あさはかなバインダリは両者を天秤にかけて操っているつもりで

いた。

「これでマンジュもイェヘも動くまい」

 安堵したバインダリは城の拡張工事に手をつけた。その城はホイ

ファ山の高い部分に建っている。柵は二重であったが、外輪部にも

う一柵を施した。

「ホイファに叛意あり」

 エイドゥはこれを見逃さずヌルハチに注進した。

「バインダリを攻める大儀ができました」

「嫁取りの儀も遅れておる」

 ヌルハチは嫁とりの件も糺しているが、バインダリはぬらりくら

りとかわしていた。

「奴にその気はない」

 ヌルハチはホイファを力でねじ伏せる決意をした。

「女々しい輩に容赦は要らぬ」

 ホィファは逆鱗に触れた。マンジュ軍は怒り狂ってホィファの山

河を駈けた。

「ヌルハチ殿、ゆるせよ。嫁取りの儀はただちにおこなう。兵を退

いてくれ」

 ヌルハチはエイドゥに諮った。

「お館さま、おわかりかとは存じますが、大望のまえで憐憫の情は

見せてはなりませぬ」

 ヌルハチは「無論である」と、バインダリを抜いた鼻毛を吹くよ

うに突き放した。

「何を今更ほざいておるか」

 気狂いした龍の前にホイファ城はたちまち炎につつまれ、バイン

ダリ親子はおのれを省みる間もなく城もろともに討死する。一六〇

七年九月ホイファは自滅した。

 さて、ホイファと同じくフルン四部に属すウラである。ウラのブ

ジャンタイは捕虜生活中、宴などにも同席し親マンジュになってい

た。彼が捕虜にとられたとき、兄マンタイはヌルハチに恭順を誓っ

ていた。このためマンタイが亡くなるとブジャンタイはウラを継ぐ

ため解放された。

 この時のウラもホイファの状況と酷似していた。地勢学的に述べ

るとウラはホイファの東北、よって明領にはさらに遠くなる。明へ

入貢するにもマンジュかイェヘのいずれかの領土を経なければなら

ない。しかしホイファとの違いはウラは大国であった。

 ブジャンタイは解放後、感謝のしるしとして妹をシュルガチに贈

っているが、その親マンジュ政策も長くはつづかなかった。

「また、鼠がちょろちょろ動きまわっておる」

 ヌルハチはその容姿からブジャンタイを「鼠」と、呼んでいる。鼠

とすればマンジュとイェヘ二匹の大猫の間を泳ぎまわらねばならな

い。ブジャンタイは解放された翌年の一五九七年、猫への注意を怠

らず恐る恐るワルカへ進出した。それにはイェヘの後押しがあった

のである。

 ワルカは李朝との国境豆満江に接した東海三部の一国である。そ

のなかで最も西にアンチュラク地方があり、豆満江上流にドルギビ

ラそして下流一帯がフィオである。ワルカを統一する覇者はいまだ

出現していないがフィオが比較的強大であった。

 ウラが李朝の首都漢城へ行くにはこのワルカ若しくは長白山を突

っ切るほかはないが、長白山はマンジュと豆満江の間に横たわり、

それはすでにヌルハチの支配下にあってブジャンタイらの行く手を

阻んでいる。

 イェヘとウラは李朝へのルートを確保するためアンチュラクへ侵

攻した。当然ヌルハチもこの地域の平定は戦略上必須であった。長

白山とワルカをとればウラは孤立する。明朝と李朝への道を絶たれ

ば蛇口を捻られたも同然である。飢えて死を待つばかりとなる。

「アンチュラクを抑えられ、仮に李朝の兵を入れられれば長白山が

あやうくなります」

エイドゥは具申した。

「背後に敵を受ければわれらが存亡にも関わります」

長男チュエンも同意見である。

「よくぞ申した。目ざわりな鼠を退治する」

 ヌルハチは年がかわるやチュエンとフィオンドンを派遣した。こ

のワルカ攻めが齢一八のチュエンにとって総大将としての初陣であ

った。ヌルハチは与力に叔父のバヤラをつけている。チュエンの兵

力は一千とはいえ精兵揃いである。臆病者のブジャンタイはその報

を聞くやそそくさと兵を退いた。

 けれどもワルカの先に李朝を見ているウラが断念することはなか

った。執拗なウラは国境を越え、以前よりたびたび李朝を脅かして

いた。李朝も手を拱いていたわけではないが、秀吉との戦い、すな

わち壬申及び丁酉の倭乱により戦費を使い果たしていた。李朝には

あらたな戦いを起こす余裕はない状況であった。

「わしに官職をあたえよ」

 嵩にかかるブジャンタイは李朝の苦境を見透かして無理難題をふ

っかけてきた。李朝からの返答がないとみるや、朝鮮の諸城をかこ

み、これを陥としおおくの住民を虐殺した。この暴虐は六年間もつ

づき、万策尽きた李朝はブジャンタイを官職に就けた。その高額な

俸禄は李朝経済にボディブローのように効いていった。

 この間ウラのワルカへの浸食はヌルハチとのいたちごっこになっ

ている。ヌルハチが兵を退くとウラの兵は枯野に火を放ったように

じわりじわりと拡がってくる。ヌルハチも同時期フルハの反乱を治

めるのに手いっぱいであった。

 フルハはハダの滅亡後マンジュへ入貢していたが東海三部の最深

部である、間隙を縫っては反乱を繰りかえしていた。フルハの反乱

がひと段落つくとヌルハチはワルカに介入した。フィオのツェムテ

の要請がきっかけとなったのである。しかしヌルハチがフルハにか

かりっきりになっている間に、ワルカはすでにフィオを除いてほと

んどがウラに簒奪されていた。ツェムテはウラの侵略に頭を悩ませ、

住民を連れてマンジュへ移住を願いでた。

 我慢の限界に達したヌルハチは一六〇七年弟のシュルガチに出兵

を命じた。マンジュはヌルハチとシュルガチの双頭政治である事は

既に述べた。シュルガチにすべてを仕切られても困る。ヌルハチは

長男チュエン次男ダイシャンとともに股肱の臣フィオンドンとフル

ガンをさしむけた。

 シュルガチには彼の重臣チャンシュとナチブがつき添っている。

これがシュルガチの運命を大きく変えた。というのも、出発前ふた

りはヌルハチからあることを命じられていた。

「そのほうらはチュエンとダイシャンから目を離すな。いかなる時

もふたりをまもれ」

 さらにシュルガチを不運が襲う。シュルガチらは行軍時にあの女

真が恐れる流れ星を見るのである。ホイファの貝勒同様シュルガチ

は不吉なものを感じた。

「この戦は負けるやもしれぬ」

「叔父上らしくありませぬ」

 チュエンとダイシャンは若者らしく一笑に付した。

 ──うぬらガキに何がわかる。

 マンジュ軍は戦まえに綻びを露呈していた。フィオ城まではブ

ジャンタイの抵抗もなく無人の野をゆく感があったが、フィオの住

民を拉致し、連れかえる帰路をブジャンタイに待ちぶせされていた

のである。後世『烏碣巌の戦い』と呼ばれている。敵は一万こちら

は三千と多勢に無勢である。しかし戦いはマンジュに一日の長があ

った。フィオンドンとフルガンの獅子奮迅の働きでウラの兵は潰走

した。ブジャンタイは兵三千を失ったうえ三人の貝勒を捕縛され、

這々の体で逃げだした。ワルカからウラの勢力は一掃されたのであ

る。 

「シュルガチ天晴れである」

 ヌルハチはシュルガチを褒め、ブジャンタイの残した馬をさずけ

ようとした。

「お館さま、叔父上は戦に参加しておられませぬ」

「なんと」

「フィオへ向かう途中流れ星をご覧になり、負け戦を予感されたも

よう」

 ヌルハチのおだやかな表情が見るまにかわってゆく。

「シュルガチらはただ見ておっただけじゃと」

「いかにも左様」

 フルガンが答えた。

「チャンシュとナチブは何をしておった」

「終日シュルガチ様をお守りして、戦場には出ておりませぬ」

 フィオンドンがおそるおそる答えると、ヌルハチの怒りは頂点に

たっしているかに見えた。しかしその目は冷静にエイドゥを追って

いる。エイドゥは弁髪をひとふりすると、その涼やかな眼で静かに

応えた。

 ──お館さま、シュルガチ様を素裸にする

よい機会でございます。

 ヌルハチの思慮は瞬時に働いた。

「わしの命に背きおって、ふたりに死をあたえよ」

 ヌルハチは冷厳な合理主義者である。流れ星ごときを恐れるシュ

ルガチらをゆるすわけにはいかなかった。ただ、シュルガチは実弟

である。過酷な処分はできないが、そのふたりの家来に罪をおしつ

けシュルガチの手足を椀ごうと考えた。

「兄者、ふたりを殺されては、わしはたちいかぬ」

ヌルハチの激怒ぶりにシュルガチは恐懼して詫びた。さすがのヌ

ルハチも苦労をともにした弟の頼みである。耳をかさざるを得ない、

ふりをした。

「では、ふたりの家財を没収する」

 誰もが納得する裁断がくだされ、ヌルハチとエイドゥはごく自然

に視線を合わせ頷いた。チャンシュとナチブはマンジュを追放され、

シュルガチの勢力が著しく低下したのは誰の目にも明らかであっ

た。ついでヌルハチは意図的にシュルガチを戦働きからはずした。

シュルガチはすでに四十三である。男盛りで仕事から干されたシュ

ルガチには悲壮感が漂っていた。

「兄者はわしを避けておられる。ここにはわしの活きる場はなくな

った」

「父上、われらは他の地で独歩いたしましょう」

 シュルガチの子アミンとジルガランは父の背中を押した。

「われらについてくる者も多数おりまする」

 ふたりの重臣を失ったシュルガチにはもはや反論する気は失せて

いた。

「おまえらにわしの身を預けよう」

 たぶんに厭世観が横溢していたのであろう。シュルガチは一族を

つれてヘチェムへ移住する決意をした。

「シュルガチめ勝手な振舞、許せぬ」

 ヌルハチは拳を振りあげたもののやはり弟を罰することはでき

ず、シュルガチの財産を取りあげ部屋住みとした。これが原因でシ

ュルガチは一六一一年失意のうち病没する。

 一説にはヌルハチが刑殺したとも言われているが、数年後ヌルハ

チが大胆に兵制を代え、独裁体制を整えたことがこれを推測させた

のであろう。けれど、シュルガチの長子アミンがマンジュのなかで

は相変わらず重用されていることから、やはりシュルガチは病死で

あったと考えるのが自然である。

 しかし殺害はしていないが権力闘争であったことは否定できな

い。ここまで勢力を拡大したマンジュに頭がふたつあるのは不合理

であるだけでなく、天下統一の大望のまえには辛苦をともにした実

弟と雖も取りのぞく必要があったと考えられる。革命は勝ち抜き戦

である。権力闘争とライバルの粛清が必須条件であることはおおく

の歴史が教えてくれている。

 この事件によって長子チュエンは権力の階段を一歩駈け登った。

チュエンは確かにヌルハチゆずりの猛将であり、初陣以来多くの功

績を残してはいるが、部下を思う心や敵への寛容さに欠けるところ

があった。一代で国を興した苦労人ヌルハチと生まれながらの国主

の長子チュエンでは人に対する機微がちがうのであろう。これがの

ちにチュエンに人生を見誤らせる。

 ブジャンタイは軍をひいたあとも時おりワルカに介入している。

内外の諸問題で忙殺されているヌルハチを挑発し余力をさぐってい

たのである。

「ウラの鼠がまたもやちょろちょろしておる」

「ブジャンタイの喉首を押さえましょう」

「チュエン、アミンをつれてひとあばれしてこい」

 マンジュ軍はウラのイハン城を落とさせた。本拠地ウラ城とは至

近距離である。ブジャンタイの眉間に矢の照準をあわせた格好にな

った。慌てたブジャンタイはイェヘからの援兵を捕虜にするとヌル

ハチに差しだし詫びをいれた。これですこしは大人しくなると思っ

ていたが、ヌルハチはまたもや裏切られる。ブジャンタイはマンジ

ュ傘下のフルハに兵をいれるや、先の戦いでイェヘから借りた兵を

マンジュに人質としてわたしたことなど忘れたかのように、図々し

くもイェヘに和議ををもちかけた。またもや無軌道ぶりを発揮した

のである。

 イェヘはナリムブルが既に亡く、弟のギンタイシがあとを継いで

いた。イェヘとてひとりでは独立を保てないことは充分にわかって

いる。

「ブジャンタイは不義であるが、組まねばヌルハチの軍門に降るほ

かはない」

 ギンタイシにはひとなみの器量はあったが、どこか毅然としたと

ころが欠けていた。 生前ナリムブルは娘をヌルハチに嫁がせる約

束をしていたが、ブジャンタイはこの娘を横取りしたのである。

 さらに愚挙にでる。ブジャンタイは捕虜から解放されたときシュ

ルガチの娘をめとっていたが、このヌルハチの姪オンジェゲゲをへ

理屈をこねて鏑矢で射抜いたのである。鏑矢は戦闘用ではない。元

寇襲来時に鎌倉武士が悠長にモンゴル兵に合戦の開始を告げたあの

鏑矢である。マンジュでも儀式に専ら使用し、呪術的な意味あいを

もっている。

「鏑矢でわしの姪を射殺した、と。なんたる侮辱」

 ヌルハチは激しく罵った。

「あの鼠は絶対にゆるせん」

 そばには二子ダイシャンとエイドゥが控えている。

「しかし、臆病者のブジャンタイがなぜ執拗かつ非道なる方法でわ

れらを挑発するのでありましょうか」

「シュルガチ様の一件ををマンジュの内紛と考え、これぞ千載一遇

の機会と捉えたのかもしれませぬ」

「そうであれば、ブジャンタイは相変わらずまわりが見えてはおら

ぬ」

「さらには知恵が足りぬとみるべきでありましょう」

 ヌルハチは留守をダイシャンにまかせると自ら馬上の人となる。

率いる兵の数は三万である。一六一二年九月ウラ領内へ駆けこむと

一挙に松花江沿いの六城をぬき、マンジュ軍は怒髪天を突く勢いで

ウラ城対岸にせまった。昼間、ブジャンタイは兵を小だしにしてく

るが、夜間は兵をひきあげ城に籠もってでてこない。

「鼠が亀になりおった」

 ヌルハチは焦れた。

「臆病すぎて戦にならぬ」

 逸るマングルタイとホンタイジは若さを剥きだしにしている。

「お館さま、ここは力押しが肝要」

「あいては大国、力押しは危険をともなう」

 ヌルハチは全軍を展開し、ウラ城近辺の小城を丁寧に潰していく

作戦に替えた。

 エイドゥがヌルハチにすり寄って進言した。

「鼠をとるにはネズミが出てくるしかけが必要かと」

「策はあるか」

「季節は冬に向かっているおりまする」

ヌルハチはすべてを諒解した。

「民家に火をかけよ」

 さらに田畑にも火をかけるとウラ城を裸にし、作物を焼きブジャ

ンタイを誘いだそうとした。ここで収穫物を焼かれては、ウラは冬

を越せない。ブジャンタイはこの策にひっかかり、松花江に小舟で

姿を見せると、おおきく手をふってヌルハチに懇願した。

「待ってくれ。穀物を焼かれては、わしらは飢えて死ぬほかない」

 ブジャンタイの必死の形相が遠目にも見てとれる。ヌルハチらは

失笑せざるを得ない。

「鼠がでよったわ」

「ブジャンタイめ土下座をしておりまする」

 ブジャンタイは頭上に手をあわせ頭をたれている。

「ヌルハチ、すまぬ。イェヘに無理強いされてああなったのじゃ。

わしの本意ではない。信じてくれ」

「オンジェを鏑矢で射るとは、わしら一族を侮辱するのも甚だしい」

 マングルタイは手綱を握りなおすと、いまにも河に押しだすかま

えである。

「お館さま、ここはわたしにおまかせを」

 ヌルハチはそれを制すとブジャンタイにむかって叫んだ。

「矢を射った者を差しだせ」

「もちろんじゃ。人質もだそう」

 ブジャンタイの形振りかまわぬ態度にヌルハチは哀れになった。

 ──ウラは零落れた。命脈は尽きておる。

「溝におちた狗を鞭うつのは性にあわぬ」

 ヌルハチはいきりたつ息子らを宥めると、ウラに監視兵を千名ほ

ど残しブジャンタイを解き放った。

 ──お館さまのこの情誼の厚さがひとを惹

きつけるのだが、禍根をのこさねばよいが。

ホンタイジはひとりごちた。

 

 この戦の前後ヌルハチはあいかわらず多忙を極めていた。が、こ

の男には忙しいことが嬉しくてしようがないところがある。

 一六〇七年、五月烏碣巌の戦いでブジャンタイをワルカから掃討

した後、ヌルハチはその余勢を駆ってワルカの東北、ウェジとフル

ハを攻略している。ウェジも前出のフルハとワルカに挟まれた東海

三部の構成国である。ウェジのヘシヘなど三地方がウラに従属して

いたのでこれを攻めブジャンタイの後方支援を絶ったのである。

 一六〇九年にはウェジのフイェ、翌年にはエイドゥを同部のニン

グタ、スイフンなどに差しむけ一帯を平らげている。さらに一六一

一年にウェジの最深部の二地方をアンフィヤングらに討伐させた。

一六一四年にはブジャンタイとの最後の戦いが勃発するが、同年に

はウェジで最後まで抵抗する地方を平定している。

 時系列的に述べると一六〇七年から一六一四年はフルハとワルカ

からブジャンタイの勢力を一掃し、一列にならべた蝋燭の火を吹き

消すようにウェジをマンジュに服属させている。その間建国の同志

である弟シュルガチが死を迎えている。加えてヌルハチがヘトゥア

ラから動けない理由があった。

 後に詳述する『八旗制』と『五大臣制』に着手していたのである。

ヌルハチはスクスフの一介の土豪の子からマンジュを統一し、さら

には長白山二部を制しフルン四部と東海三部の部分的経営に乗りだ

している。組織の刷新は急務であった。シュルガチと双頭政治を布

いていたことは述べたが、その死によってヌルハチを頂点とするよ

り強固な独裁体制が求められたのである。

 五大臣制は『五大臣・一〇ジャルグチ制』と正しくはいう。五大

臣は繰りかえすがアンフィヤング、エイドゥ、フィオンドン、ホホ

リそしてフルガンである。ジャルグチとは元来モンゴル語であり、

モンゴル帝国では最高判事や審判官らしき職をいう。しかし、マン

ジュの最高裁判官はあくまでヌルハチなので、この訳語はそのまま

では当てはまらない。つまり、ヌルハチにお伺いを立てるほどのこ

ともない訴えを裁いたり、雑多な訴えを篩にかける役割だったの

である。

 五大臣は『一等大臣』とも呼ばれ、王族である貝勒や太子の次席

である。つまりヌルハチ臣下のなかで最高位となる。戦時は将軍で

あり、平時は行政の長でもあった。この制度はヌルハチの独創では

なく、古くはワンハンも同様な組織をもっていた。また、生前のシ

ュルガチも似たような体制を整えていた。要するに女真の伝統的な

軍制をヌルハチが近代的なものに焼きなおしたと見るべきであろ

う。どうもヌルハチはモンゴル帝国を模範としていたふしがある。

ジャルグチもしかり、満州文字もしかり、この後に述べる「八旗制」

もしかりである。

 ヌルハチの名声が高まるにつけ他部族の民がマンジュへと移住し

てくる。この民を原則として同部族で構成し、三百名ごとに分け『ニ

ル(佐領)』とした。戦や狩りはすべてこの単位で行われ、小競り

合いていどの戦いはさらに十名単位で行動する。やがて八旗制に発

展するこのニルは、モングの死の前後には着手されていたらしい。

ニルの数が増えると、五ニルを以て『ジャラン』とした。このジャ

ランがさらに五隊集まると『グサ(旗)』となる。よって一旗は七

五〇〇名の構成である。

 ニル、ジャラン、グサにはその長として『エジェン』をおいた。

初期は黒、白、紅、黄の四旗制であったが、兵の数が増すにつれて

各色の旗に縁取りをつけ『黒』を『藍』に替え八旗とした。因みに

中華の伝統的な皇帝の色である『黄』はヌルハチの直轄軍であり、

『黒』は投降兵の軍であった。八種類の旗が揃ったのは一六一五年

といわれ、完成するまで一〇有余年をかけている。総勢六万人の兵

である。

 ヌルハチの跡を襲ったホンタイジの時代になると、征服した国ご

とに八旗をつくる。モンゴル兵の『蒙古八旗』、漢人による『漢軍

八旗』などである。

 八人の『旗』の統率者エジェンは五大臣若しくは貝勒と思われが

ちであるが、けっしてそうではない。たとえば最古参の五大臣アン

フィヤングは二ヒルしか所有していなかった。また、ヌルハチの養

子となったフルガンでさえ三十ニルを所有するにすぎない。

 ニルの所有者は、平時は自分のニルから徴税し生計をたてるのみ

で、戦時にはヌルハチの任命によってヌルハチの軍をその都度エジ

ェンとして動かすのである。よって功績をあげるとニルが与えられ、

失敗するとニルが取りあげられている。

 

 一六一三年、ヌルハチはウラの駐留軍を引きあげた。するとブジ

ャンタイの動きが活発になる。この頃になると東海三部の掃討戦は

終局に近づきヌルハチにもゆとりが見えてきた。軍制も整いつつあ

る。ヌルハチはエイドゥを呼んだ。

「ウラの鼠が動いておる。策はないか」

 エイドゥはヌルハチに近づいた。眼が笑っている。

「鼠を誘きだしましょう。猫が去れば鼠はは出て参りましょう」

 ヌルハチも口もとをほころばし「妙案じゃ」と、肯いた。

 ヌルハチはゆるりと東海三部から兵を退くとブジャンタイに背を

向けた。

「ヌルハチに兵のゆとりがないらしい。この機会に、イェヘと組む」

 ブジャンタイはヌルハチの策にかかった。ヌルハチに送るはずの

人質をイェヘ送ったうえ、以前娶ったシュルガチの娘を監禁しイェ

ヘからあたらしく妻を迎えたのである。言わずもがなこのシュルガ

チの娘は以前鏑矢で殺されたヌルハチの姪とは別人である。

「鼠がかかりました」

「約束も守らぬばかりか、性懲りもなくわしの姪になんたる仕うち。

天にかわって成敗してくれる」

 ヌルハチはこう宣言するとウラへ大軍をすすめた。一六一四年、

天地も凍てつく正月であった。

「大儀はわれらにある」

 ヌルハチは常勝軍団を率いている。たちまちスンジャタ、ゴド、

オモなど数城を陥としフルハ城を目指した。これを抜けばウラ城は

裸城となる。

「イェヘからの援軍は来ぬか」

 ブジャンタイは焦った。

「使者は送っておりますがいまだ返答なし」

 エイドゥがウラからイェヘへと向かう使者を片っぱしに捕らえて

いたことをブジャンタイは知らない。

「もう待てぬ、今こそ雌雄を決めてやる」

 ブジャンタイは城門を開くと三万の兵を押し出した。二等辺三角

形の鋭角部分を先頭にして駈けてくる。日本では『魚鱗の陣』とい

い、敵陣を一気に粉砕する時に用いる陣形である。迎えるヌルハチ

はそれをすっぽり包みこむ形の『鶴翼の陣』で待ちかまえている。

鶴の頭の部分にアンフィヤングが、そして大きく開いた両翼にはホ

ホリとフルガンが陣取っている。謀将エイドゥは本陣でヌルハチに

つき添っていた。両軍一歩も譲らぬ激戦が続いたが、午後になって

ヌルハチ軍の形勢がやや優勢となった。

「エイドゥ、敵は浮き足だっておる。新手を出せ」

「フィオンドンをブジャンタイの後方にまわらせましょう」

 フィオンドンが後方から攻めると、アンフィヤングが正面から果

敢に攻めた。ブジャンタイは前後に兵を受け隊列を乱しはじめてい

る。

「押せ」

 ヌルハチは馬腹を蹴って飛び出した。統率力失ったウラ軍は将兵

ともにてんでに奮戦している。それを見たフィオンドンはウラ城へ

駆けこんだ。

「ここは任せた」

「ヤルガチ、後れをとるな、フィオンドンにつづけ」

 ヌルハチは喉もつぶれよと叫んでいる。ブジャンタイはウラ城へ

逃げこんだが、形勢不利と見てイェヘへからくも敗走した。

 ブジャンタイはこの『フルハの戦い』で兵の三割を失い、事実上

フルンの大国ウラは滅亡した。

   第六章 サルフの戦い

 前章には後日談がある。

 シュルガチの死後ヌルハチは長子チュエンに一部権限を委譲して

いたが、チュエンにはヌルハチほどの練られた人格がなかった。 

ヌルハチは第一夫人の産んだ嫡男子チュエンを他子に較べ溺愛し

た。ひとつの理由として自身が継母に虐げられれた幼年期をもつか

らであろう。チュエンは確かに勇猛で父の名に恥じぬ戦ぶりをみせ

たが、やがて増長する。

 ヌルハチの与えた財産は他の弟にぬきんでいたため、ダイシャン

以下、弟たちや五大臣までもがチュエンを後継者と見做さざるを得

ない。

「われに忠実に従わぬ者は、お館さま亡き後粛清する」と、までチュ

エンは高言した。

 更なることに酔えば側近に不満を漏らした。

「お館さまが弟らに分け与えた財産は多すぎる。いずれわしに返し

てもらおう」

 ダイシャンは五大臣と諮ってヌルハチに訴えた。

「最近の兄者は物狂っておられます」

 ヌルハチはいつものようにエイドゥを見た。

 エイドゥは静かに肯きヌルハチはすべてを察した。

「すこし頭を冷やしてやるか」

「戦場にて手柄を封じられれば、武人として最もつらいことかと」

 ヌルハチは以後チュエンを戦から遠ざけ、そればかりか大事な留

守役からもはずしている。

「お館さまはどうなされた。わしが邪魔だと言われるのか」

 弟たちがウラ征伐につぎつぎと戦果を挙げるのを聞いても、チュ

エンは唯悶々と過ごしていた。おのずから酒に溺れることとなる。

 一六一三年のフルハの戦いはウラ総攻撃である。ヌルハチ自ら戦

場へ赴いたが、チュエンは蚊帳の外であった。

 この日も朝から酒を飲んでいた。

「みんなウラに負ければよい」

 チュエンは側近を集めると天にむかって呪詛をする。

「ウラが勝つことを祈れ、負けた者は城へ入れぬ」

 事の大きさに側近らはあわてふためいた。

「若、それは」

「言ってはならぬと申すか。かまわぬ、お館さまはとうにわしを見

すてておられる」

 チュエンの目は血走っている。側近らは沈黙せざるを得ない。

「そうじゃ、お館さまにはご隠居していただく。ワルカあたりで余

生をはぐくんでもらうがよい」

「おそれおおきことを」

 チェンはどっかと胡座をかいて全員を見渡した。

「恐れることはない。われらはヘトゥアラ城内にいる。人質も十分

じゃ。留守役のマングルタイもホンタイジもわしの弟じゃ、刃向か

いはせぬであろう」

 昂揚したチュエンは酔いつぶれ不様に寝床へはこばれた。

 後日、側近らは共謀者になることを恐れすべてをヌルハチに告発

した。

「わしが悪かった。甘やかしすぎた」

 エイドゥは黙っている。しかしその沈黙の意味するところはヌル

ハチには痛いほどわかる。ヌルハチはエイドゥに腹意を促した。

「マンジュにふたつの頭は要りませぬ」

「以前にもこんな事があったの」

「シュルガチ様の時は処断が遅すぎました」

「・・・・・・」

「お館さま、ご英断を。大事のまえの小事でございます」

 ヌルハチは天を仰ぎ落涙したが、その表情とは裏腹にきっぱりと

断言した。

「刑に処す」

 ヌルハチの決断に驚きの声はあがらなかった。

 

 ところでブジャンタイが亡命したイェヘではギンタイシの代にな

っている。エイドゥはブジャイの子ブヤングに密使を送り耳もとで

囁かせた。

 「ウラは滅びたとはいえ名門でございます。妹御を嫁がせ、ウラ

の名跡を継がせればいつの日かお家再興となりましょう」

 ブヤングはブジャイ亡き後叔父のナリムブル一族に政権を取られ

ている。この提案はイェヘの主導権を取り返すのに好都合とみた。

イェヘの不幸は中興の祖チンギヤヌ、ヤンギヌ兄弟以降凡庸な主人

しかもたなかったことである。亡命者ブジャンタイを厚遇すればヌ

ルハチがどう出るかまで頭がまわらなかったのである。ギンタイシ

は深慮することもなくエイドゥの謀略にかかり、ブジャンタイの嫁

取りをすんなりと了承した。ここまでくれば凡庸を通りこして暗愚

とみなければならない。果たしてヌルハチはにんまりとはせずに激

怒した。

「イェヘは飽くまでブジャンタイを庇いマンジュにあらがうつもり

である。これで明へのいいわけも立つ」

 イェヘを滅ぼせば、女真の統一がなる。しかし明朝が手を拱いて

ヌルハチの野望を見過ごすであろうか、ヌルハチは意を決して十一

子バブハイを明へ人質として送った。

「此度の戦は非道なるイェヘを成敗するものであって、決して明朝

に弓引くものではありませぬ」

 ヌルハチにしてみれば騙してでもいま少し明に動いて欲しくな

い。マンジュ軍は疾風迅雷、明兵に出陣する暇も与えず、四万の兵

を出動させて十九城を焼いた。

「イェヘが滅べば我が明朝はマンジュと国境で対峙する」

 明の総兵官張承胤は兵千名に銃や大砲を授けイェヘ援軍を送っ

た。

「明はわれらのイェヘ侵攻を黙認したのではなかったのか」

 ヌルハチは人質が送り返されたのを「諒」と理解していたが、明の

官僚は面倒くさいことに関わりたくなかっただけのことであった。

ヌルハチは鋭く抗議したが、張承胤はこれを無視、更には一方的に

国境線を変更すると撫順の北方三地方の住民を強制的に立ち退かせ

作物などを掠奪した。

「理不尽なる明の下風にはたてぬ」

 一六一六年ヌルハチは『金王朝』を建て年号を『天命』と定めた。

つまり明国のなかのマンジュではなく、明と並立する一国を樹立し

たのである。

 一二世紀に女真が建てた『金』と混同するのを避け後生の歴史家

はこの王朝を『後金』と呼ぶ。鎌倉幕府の執権北条氏と秀吉と最後

まで戦った北条氏を区別するため後者を「後北条」としたのと同様

である。

 ともあれヌルハチは即位した。

 居並ぶ貝勒や大臣の推戴をうけ天命を以てハンとなった。以後ヌ

ルハチは『ゲンギイェン、ハン』すなわち聡明な王と名乗ることに

なる。王になったヌルハチは最初の仕事として、来るべき明との決

戦に備え練兵に力を注ぎそのうえ食糧の備蓄をすすめている。

 マンジュにとって明は大切な顧客である。馬や人参をもって入貢

すればその幾倍かの物が下賜される。そのお得意先に喧嘩を売る商

売人はいないであろう。ヌルハチは悩んだ。しかしこの数年間の明

のふるまいには目にあまるものがある。『夷を以て夷を制す』式の

明朝のイェヘの肩入れは時勢の判断を誤ったのである。むしろヌル

ハチを女真の王として遇し東北地方を統治させれば明は滅ばずとも

よかったのではないか。

 しかし歴史に「若しも」はなく、ヌルハチは決断する。

 

 一六一八年、一族や大臣の前で宣言をした。

「漢人を追討する」

 ヌルハチに傅くすべての者が一斉に面を挙げ驚愕した。

「長城の外はわれら女真の父祖の地である。漢人を長城の柵内へ閉

じこめる」

 エイドゥとアンフィヤングはうっすらとは分かっていたとは言え

息をのんで身がまえた。重臣のなかには身ぶるいしている者さえい

る。

 まずは後継者と目されるダイシャンが口火を切った。

「お館さまの悔しさは重々わかっておりますが、時期尚早かと」

「われらには明に対する永年の恨みがある」

 一同水を打ったように押し黙っている。

「その一、李成梁は我が父と祖父を亡き者とした」

「その二、明は国境を出てイェヘに兵を駐留させておる」

「その三、国境を確定したにも拘わらずたび重なる越境行為が見う

けられる」

「その四、イェヘの約束不履行の裏には常に明がいる」

「その五、明は勝手に国境線を変更し三地方の住民を強制立ち退き

させた」

「その六、イェヘへの侵攻は正義にのっとたものであると明へ弁明

したが、それを信ぜず偽の高官を送って寄越し、われらに罵詈雑言

を吐き侮辱した」

「その七、ハダを滅ぼし住民をマンジュへ移民させたのを明は介入

した。われらが住民をもとに戻すや、イェヘはその住民を拉致する

が明は黙認した」

 これは後に『七大恨』に呼ばれるものであり、実質上の明朝への

宣戦布告であった。ヌルハチが敢えてこれらの恨みを述べたのは、

彼のうちにも明に対する恐怖感があったのでる。すなわちこの宣言

によっておのれ自信を奮いたたせようとしたのである。

「明との戦はいずれ覚悟せねばならぬ。で、あればこちらから宣戦

布告するほうが兵たちの士気にもよいのではないか」

「お館さまがそこまで仰るのであれば」

 エイドゥが言葉を継ぐと、賺さずアンフィヤングが続けた。

「われらはどこまでもついて参ります」

 ダイシャン以下言葉を発するものはいない。

「さしあたり、国境が騒がしい。目の前の小バエを打ち払いたいの」

「では、撫順でございますな」

 ヌルハチは鷹揚に肯くと天を仰ぎ戦勝祈願をした。

「ところでエイドゥ李永芳はどうじゃ」

 数日後ヌルハチは別室にエイドゥを招き入れこう訊ねた。まだ四

月の寒気が漂っている。

「ほぼ確実と思われます」

 李永芳は撫順の守備隊長とも言うべき『遊撃』の地位についてい

る。

 ヌルハチは両手を湯飲みで温め、茶をひとくち啜った。

「奴とは六年ほどまえに会ったが、信ずるにたる仁とみた。成功の

暁には撫順の総兵官にしてやると言え」

「それは喜びましょう。見たところ、李永芳殿は既に明朝を見限っ

ている容子」

「しかし、あまり露骨でもまずい」

「御意」

「エイドゥには手筈が整っているようじゃな」

 ヌルハチは美味そうに湯飲みを飲み干した。

 ヌルハチは全軍をふた手に分けた。自らが一万の兵を率い二晩を

要して撫順城を取り囲んだ。守将の李永芳は抗戦の構えはみせてい

る。

「ダイシャン、小当たりせよ」

 ダイシャンが兵を進めると門を開け打って出くるが、ひと当たり

すると兵を退ける。そんな攻防が数刻続いいている。そこへ他の一

万を率いたアンフィヤングが着陣した。アンフィヤングは城の裏手

に回るやいなや梯子をかけ兵を駆けのぼらせた。

「エイドゥ、そろそろよいのではないか」

 ヌルハチがエイドゥをふり返ると、エイドゥは城に向かってなに

やら合図をした。

「城壁で旗を振っております」

「迎えに行け」

 やがて李永芳が数騎の供回りをつれて城門から出てきた。無腰で

ある。

「約束どおり武器は持っておらぬようじゃ」 李永芳は片手をあげ

て近づいてくる。その表情に敗北者の悲壮感はない。

「李永芳との席を設えよ。フィヤング、そちは一刻もはやく他の支

城をおさえろ」

 李永芳は両手を目のまえに掲げ点頭して臣下の礼をとった。

「永芳、よくきてくれた。これからはわれらのために働いてくれ」

「ありがたきしあわせ。この永芳、粉骨砕身して遼東の護りにつき

ましょう」

「よくぞ申した、アバタイの娘をやろう」

 アバタイ(阿巴泰)はヌルハチの七子である。李永芳はヌルハチ

の孫になった。敗残の将をこれほど優遇したのは遼東経営に漢人で

ある李永芳の経験が欲しかったのである。以後彼はヌルハチの期待

どおり行政官として辣腕をふるうことになる。

 アンフィヤングは別働隊をつれ撫順の南方を攻め、たちまち東州、

馬根丹の二城をふくむ主だった城を陥とした。凱旋したアンフィヤ

ングは本隊に合流したが、広寧総兵官の張承胤はそこを突いてきた。

「満韃子を逃すな」

 衰えたとはいえ明の正規軍である。女真が恐れる大砲や鉄砲を備

えている。

「奴らは官僚じゃ、本気で戦う気はない。戦報告さえすれば体裁は

整う」

 ヌルハチは明朝の体質を知りぬいていた。

「ここは総兵官を叩くよい機会でございます」

 ダイシャンは撫順攻めが呆気なく終わったので燃え尽くしていな

かった。

「若い者にやらしてみるか」

「おまえも征け、兄に後れをとるな」

 ヌルハチはホンタイジを見つけると、頼もしげに言った。正面か

らの風がヌルハチの口髭を左右にわけている。張承胤は山上から盛

んに大砲を撃ちかけてくる。騎馬戦を得意とする女真は大砲が苦手

である。その時西風が強くなり突風と化し、ヌルハチのひげが突如

強く靡いた。山上の砲兵はこの砂塵で一瞬の目眩ましをくったよう

になり、一時的に弾雨がやんだ。

「いまだ、みな突っこめ」

 ダイシャンとホンタイジの軍が一斉に駈けのぼると明軍は慌てふ

ためき形勢は逆転した。マンジュ一騎が明兵十人に値すると云われ

ていた。白兵戦になればヌルハチ軍に対抗すべくもない。逃げまど

う明兵を掻きわけマンジュ兵の殺戮の場となっている。

「承胤殿の御首は頂戴したぞ」

 ダイシャンがたからかに叫んだ。大将を失った明兵に戦いをつづ

ける忠誠心はなく、明軍はてんでに退いていく。ヌルハチはこの場

の戦いは峠を越したとみて、軍を三隊に分けると、うち二隊を撫順

の北撫安や松山屯に向かわせこれらの堡塁を落とさせた。残る本隊

を撫順にとどめ住民をヘトゥアラへ移住させた。そして地下に貯蔵

されている数多くの食料を掘りおこしすべてを簒奪したが、これは

マンジュがかって得たことがないほどの戦利品であった。

 七月にはいるとヌルハチは余勢を駆って清河城を攻めた。清河は

撫順の南方に位置する四通八達した戦略的要衝であり、ヘトゥアラ

からも交通の便がよい。

 清河城には李成梁の次男如柏が駐屯していた。この人事は張承胤

が撫順で討ち死にした後をうけ、ただ以前の総兵官の子息という理

由だけでかれを総兵官の職に就けていたのである。この人事も明朝

の硬直した前例主義が幅をきかしている。

 この次男坊は門閥の子であっても武将としては力量不足であっ

た。むしろ臆病といってもよい。

「ヌルハチ着陣」

 この報せが届くやいなや新総兵官は、「広寧に知らせねば」と、

馬にしがみつき一騎で逃げ去った。大将を失った明軍は惨めな戦を

強いられ、ここでもヌルハチ軍は明の副将や参将を斃死させている。

なおも明領内奥深く攻め入ると多くの堡塁を占領し徹底的に破壊し

た。明朝が後金との国境の防禦地撫順を失った意味は大きく、後顧

に憂いを残すことになる。つまり撫順陥落は次に述べる『サルフの

戦い』へ繋がり、この戦いが明朝の滅亡の序奏曲となる。

 撫順の緒戦の敗北は明朝に危機感をつのらせ、いそぎ各地の総兵

官人事の刷新に着手せしめた。明朝は手はじめに遼東経略として商

丘(現河南省)出身の楊鎬を任命した。

 総兵官が平時の師団長であれば、経略とは戦時の遼東軍総司令官

とでも考えればよい。楊鎬は秀吉の朝鮮出兵時にも明側の経略とし

て参陣した智謀の将であり、一時は遼東巡撫も務め遼東経営にあか

るく、明朝はこの有能な官僚にすべてを賭けた。

 楊鎬は山海関総兵官の杜松はじめ新任の総兵官を遼陽に集結すべ

き命令を発した、しかし、堕落しきった明の武官達は容易に動こう

とはせず、兵の集結に手間取る間にヌルハチは清河城を陥としてし

まった。慌てた明朝は楊鎬に皇帝の剣をあたえ、彼に生殺与奪の権

を授け、ヌルハチ掃討をうながせた。

 やがて年の瀬も迫る頃各地の総兵官達は降りしきる雪の中しぶし

ぶ遼陽へ着任した。

「ヌルハチ及び親族、大臣らの首に懸賞を賭ける」

 懸賞を賭けたぐらいでヌルハチとの戦いが終わるわけではなく、

明朝官僚の形式主義や戦いを避けようとする弱腰がここでも表れて

いる。

「いたずらに軍議を重ねても埒もない」

 業を煮やした楊鎬は遼東軍を四軍に分けヌルハチの本拠地ヘトゥ

アラを目指すことを決定した。

「主力部隊は杜松が率いよ。撫順の関からサルフを経てヘトゥアラ

へ征け。副将として王宣と夢麟をつける。兵は六万」

 杜松は剛者らしく太い猪首の上に角張った頭をのせている。さら

にその太い眉毛をぴくりと動かした。

 ──我が軍が主力部隊か。

 杜松は主力部隊の主将と聞き逸りたった。

 ──六万の兵がもらえるならばわしの戦功

一番は決まったも同然。

 「ありがたき幸せ。この杜松いのちを賭けて戦いましょうぞ」

「つぎに先の戦いで失った清河から入るのは李如柏である。おのれ

が逃げ出した失地をおのれが回復せよ。これは朝命である」

 如柏は顔色を失った。マンジュの怖さを心底知っているからであ

る。

「あのときは逃亡したのではございません。まずは戦況報告が大事

と・・・」

「よいか、敵前逃亡は死刑と心得よ」

「兵は、如何ほどつけて頂けますや」

「同じく六万を与える」

 六万と聞いて如柏は喜んだ。

「ははあっ。満韃子ごとき恐れるに足らず。明朝の威名をもって蹴

散らしてご覧にいれましょう」

 楊鎬は如柏の大言壮語を最後まで聞くこともなく馬林の方をふり

返った。

「さて、北方から靖安堡を抜けサルフを通ってヘトゥアラに向かう

のは馬林、そちに命ずる」

 名指しされた馬林はやや猫背で、奥眼がちなちいさな眼をきょろ

きょろさせ、ひと目で怖じ気づいているのが見てとれた。

「サルフは主戦場になるであろう、兵を三万つけてやる、更にイェ

ヘの軍も貴官に随行させる」

 ──敗残兵の集まり、イェヘがなんの役に

立つ。

 馬林の眼は落ちつきがない。

「最後の、劉挺の軍には李朝軍が加わることになっておる。南東

から寛奠を通りヘトゥアラを後方より衝け、兵は一万じゃ」

 劉挺は四川や雲南の南方戦線ににも出陣し、その武功は天下に鳴

り響いていた。威風堂々とその巨躯をもって、くろぐろとした鍾馗

髭をしごいている。

「一万いただければ十分でござる。腰抜け李朝などあてにすれば敗

戦は必至」

 言葉ではそう言ったが、内心実戦経験の乏しい楊鎬を小馬鹿にし

ているふしがある。

 ──実戦ではわしがうえじゃ、こいつが総

大将でわしは一軍の大将か。

 四軍の将は戦う前から同床異夢の状態にいた。けれどこれが明の

現状である。事なかれ主義の官僚と名門意識を誇る一軍の将が革命

前夜の若きマンジュに対抗できる由はなかった。

「よくぞ申した。勝利の暁にはわしから帝へよしなに伝えようぞ」

 楊鎬の眼は満足げに輝いている。

「わしは遼陽で後づめと総指揮を執る」

 この作戦はヘトゥアラを北西と南東から挟み撃ちにして、その腹

背を清河から突くという誰が見ても用兵の常道であると思われた。

 けれども天はヌルハチに軍配をあげた。

 楊鎬はマンジュ軍数万に対し二〇数万を動員できる。さらに火器

など装備の点でも数段勝っている。兵を四軍に分け三方向からマン

ジュの首都ヘトゥアラを包囲し、一気に屠りさる作戦は兵法の上で

もこれ以上の策はないとみられた。

 しかし、戦いは人が行うものである。気に逸る将と保身的な将が

ともに行動すればその足並みは乱れがちになる。この同床異夢が時

間差攻撃の愚を犯したのである。これを利用して、ヌルハチは戦況

を睨みつつ各個撃破した。楊鎬が四軍に分けたねらいは、少ないマ

ンジュ軍の兵力を更に少数に分散させようとしたところにあった。

ところが結果は逆に明軍が兵の分散を強いられてしまったのであ

る。 

 ヌルハチは多くの斥候を放ち明軍の動静をほぼ正確に把握してい

た。そして矢継ぎ早に細かい指示を各将に出している。

「主戦場はサルフ近辺であろう。ジャイフィアン山に砦を築いてお

け」

 ヌルハチは築城兵に護衛の騎馬をつけ先発させた。

 ダイシャンとフルガンに主力軍を任せるとヌルハチはイェヘを攻

めた。ダイシャンは自他共に後継者と認める熟年の荒武者である。

主力軍をまかせるにたる経験と実力を兼ね備えている。

「イェヘから兵を退け、さもなくば四十七万の軍をもってマンジュ

を殲滅する」

 明からの手紙を見たヌルハチは一笑にふした。

「四十七万の大軍がどこにおる。天から降るか、地から湧くとでも

申すのか」

 あきらかに情報戦でもヌルハチは明朝をうわまわっている。風評

や脅迫には微動だにせず、イェヘでいくつかの砦を潰し、ヌルハチ

はヘトゥアラへ戻ってきていた。

「躰を温めるためのひと戦じゃ。これでよい。若いときはいきなり

戦場に立ってもすぐさま躰が動いたものじゃが」

 ヌルハチも齢六〇になっている。フルガンを除く他の五大臣も似

たような年齢であり、このサルフの戦場には参加していない。

「南のドンゴに兵の動きあり」

 エイドゥを欠いた戦場ではヌルハチがすべて指示を出している。

「わが主力軍を南北に割こうという陽動作戦であろう、五百ばかり

の兵を送ってよく見はらせておけ。よいか敵が見えても、下手に手

を出すではないぞ。われらが行くまで敵を引きつけておけ」

 ヘトゥアラに戻ったヌルハチのもとにつぎつぎと斥候が報せをも

ってくる。

「西方の清河にも兵が集結しております」

「清河ならまだ時を稼げる。兵を二〇〇ほど出しておけ。こちらも

同様、見張りに徹せよ」

 楊鎬がマンジュ軍を分散させようとしたがヌルハチはその手には

のらなかった。

「主力軍はサルフを目指せ」

 ヌルハチはダイシャンに命令を下した。

 サルフでは杜松が約束より早く着陣している。杜松と明の北方軍

の馬林は三月朔日を以て合流する手筈がついていた。楊鎬もそれを

厳命していたが、功を焦った杜松はこれを無視すると築城工事をす

るヌルハチ軍へ襲いかかったのである。

「敵は少数、主力部隊がくるまえに血祭りにあげよ」

 杜松は現在の江蘇省の出身である。字は来清、知勇ともに他の総

兵官に抜きんでいた。李成梁の失脚後遼東の総兵官も務めている。

その自負心が裏目にでた。杜松はマンジュ軍の先遣隊を駆逐すると

サルフ山へ陣を張り、マンジュの主力軍を待ち伏せにしようとした。

蹴散らされた先遣隊はサルフ山のギリン崖の頂上まで兵を退いてい

たが、杜松はさらに一部の兵を割きギリン崖を激しく攻めたてた。

「兵一千をギリンへ送り、これを助けよ」

 ダイシャンは戦場を駆けまわって指示を出しているが、多勢に無

勢、戦局はかんばしくない。

「お館さまはまだか」

 ヌルハチは日没寸前に到着した。

「夜襲をかけよ」

 ヌルハチの声を聞くや兵達は軍神が乗りうつったように、一斉に

鬨の声を上げサルフ山を駈けのぼった。明軍は火器をもって応戦し

ている。が、しかし過去の経験からヌルハチは新しい戦法を編み出

していた。以前であれば弾丸雨飛のなかを無闇に突っこんで武勇を

誇ったものであるが、ヌルハチ軍は信長の鉄砲三段撃ちに突っこん

だ武田軍団のような愚は犯さなかった。兵達は馬からおりると、厚

手の綿入れを着て戦車を先頭にそろりそろりと進んだ。この綿入れ

は身動きが取りにくく通常は戦場ではもちいないが、砲弾の破片か

ら身をまもるのには適している。大砲の使えない距離に入りこむと、

かれらは匍匐前進して塹壕にいる敵兵に刀槍で切りこんだのであ

る。これが功を奏した。ギリン崖上へ逃げこんでいたマンジュ先遣

隊も「頃はよし」と、明軍の頭上から襲いかかった。上下から挟撃さ

れた明軍は逃げ場をうしない敢えなく全滅した。勇猛な杜松も副将

王宣や夢麟とともに戦場の露と消えた。

 馬林の率いる北方軍は予定どおりサルフ近辺に達していたが、早

駆けした杜松ら主力軍が潰走したことを知った。

「兵の動揺が激しい。シャンギャンの崖上とフィイェフン山頂に壕

を掘り銃砲を隠せ」

 馬林は勇猛とは言いかねた。事実出発前にも楊鎬に「主将を替え

るべきです」との進言が相次いでいた。しかし楊鎬はこれを黙止し

た。

 馬林は飽くまで慎重を装っている。

「不用意に兵を出すな。イェヘの軍もまだ来ておらぬ」

 ダイシャンの放っておいた斥候がこの野営軍を見つけると、ダイ

シャンはヌルハチの到着を待たずしてて兵三百をつれシャンギャン

を目指した。

 馬林は三百の敵兵をみても一向に動こうとはしない。

「ヌルハチが見えぬ、これは罠じゃ。壕のなかで潜んで様子をみる」

 この弱気な作戦がマンジュ軍に味方した。ヌルハチはやがて兵一

万とともにシャンギャンに到着するや、素早く戦況を判断し命令を

下した。

「あそこに見える丘を占領してそこより攻め落とす」

 戦局がここまで動いて、やっと馬林が壕から頭をのそっと出した。

「奴らに丘をとられては戦況は不利になる。阻止するのじゃ」

 土竜のように壕からのこのこと這い出た明兵をダイシャンは見逃

さなかった。

「いまだ、徹底的にたたけ」

 ヌルハチが後方に控えている。兵馬の勢いは騰がり、戦況は一方

的な展開となってきている。ヌルハチは刻々と変わる戦局をみて矢

継ぎ早に下知をしている。

「ここはダイシャンにまかせ、われらはフィイェフンを攻める」

 勢いにのるマンジュ軍は明軍を徹底的に打ちのめした。多くの副

将をうしなった馬林はわずかばかりの供まわりをつれ這々の体で戦

場を逃げ去った。イェヘのギンタイシとブヤングも開原の南方まで

出ばっていたが、馬林の潰走を聞くや戦場に出ることなくこそっと

離脱した。

「お館さま、ヘトゥアラへ南と西より明軍が迫っております」

「兵は疲労困憊しておる、ここで野営をする。フルガンすまぬがヘ

トゥアラへ向かってくれ」

「いと易きこと」

 フルガンも疲れていたが、その気ぶりも見せずに兵一千を率い先

発した。

「戦はこれからじゃ、残りの兵を休ませよ」

 ヌルハチは馬林の残した壕を利用して急遽柵を作らせると哨を

強化して、兵には酒を馬には水を振るまった。

 翌日にはシュルガチの遺子アミンに兵二千を預けフルガンを追わ

せた。ヌルハチは天に戦勝報告をするやダイシャンら幹部将校をつ

ぎつぎとヘトゥアラへ向かわせた。

「わしが着くまでダイシャンが指揮を執れ」

 ヌルハチはゆったりと天への報告をおこなった。後づめの兵をも

たぬヌルハチはすこしでも主力軍を休ませたかったのである。やが

て兵のつかれもとれたと見ると全軍をヘトゥアラへ進発させた。

 さて、清河奪還が至上命令である如柏といえば予定どおりに出撃

していたが、サルフで二軍が破れたのを聞いて楊鎬は南軍と西軍に

撤退命令を出していた。果たして臆病者の如柏は指令を受け取ると

小躍りして喜んだ。

「総引きあげじゃ」

 撤退には殿軍が重要となる。全軍の後尾、つまり殿軍がが敵を防

いでる間に他兵たちを安全なところまで退却させねばならない。け

れど、如柏は喜びのあまり殿軍もおかずにそそくさと逃げ出した。

それを見たヌルハチは舌なめずりをした。

「如柏は戦を知らぬ」

 ヌルハチの剣が振りおろされるや兵は堰を切ったように後ろから

襲いかかった。味方の馬に踏みつぶされるものや間違って切られる

ものが続出し、ヌルハチ軍は稲の穂首を苅るように兵を薙いでいっ

た。

 残るは鍾馗髭の劉挺である。彼は三月一日の総攻撃に備え寛奠を

予定どおり越境していたが、李朝の援軍は携行する食糧が不足し、

兵は頗る飢えに苦しみ、緩慢な動きをしていた。

「糧食が届くのを待たねば戦ができぬ」   李軍の都元帥姜弘立

は軍をとめた。総攻撃の日、劉挺と弘立の連合軍はヘトゥアラまで

二日の旅程にいた。

「急ぐことはない」

 彼らに焦燥感や義務感は感じられなかった。李朝にしてみれば形

ばかりの参軍であって、この戦に勝っても領土が増えることもなく、

将兵にとって厭戦気分がある。この花見気分の行軍にマンジュ軍の

先遣隊五百騎が果敢に挑みかかった。が、いかんせん兵の数が違い

すぎた。マンジュ軍はさんざんに打ち負かされ、撤退して後発部隊

のフルガンと合流すべく兵を返した。

 劉挺は三日になってもは軍を止めている。李朝からの糧食を待っ

ていたのである。幸か不幸か、楊鎬からの撤退命令はまだ届いてい

なかった。

「斥候を放て」

「マンジュ軍は西方に向かっており、南方は手薄かと」

「如何にヌルハチとはいえ四方に大軍をすすめるのは不可能じゃ」

 後発部隊のフルガンとアミンは寛奠に向かって南下する途中、連

合軍に遭遇したが、敢えて一戦交えることなくやり過ごした。

「この部隊だけで当たるには兵が足りぬ」

「ここは戦を避けひとまず草むらのなかへ」

 フルガンは全員を草原のなかへ埋伏した。しかしこれがこの後の

戦闘によい結果をもたらした。ダイシャンが率いるヌルハチ軍の主

力部隊は真っ向からこの歩速の遅い連合軍に鉢合わせをしてしまっ

た。

「お館さまが来られるまでもちこたえるのだ」

「ホンタイジはあの山に陣取りうえから攻めろ」

 ダイシャンは戦闘を開始した。明軍の火器がそれと同時に火を噴

き、両軍一歩も譲らない。一進一退の後ダイシャンは中央突破を決

意し総あたりで明軍に襲いかかった。劉挺はこの勢いに圧されじり

じりと後退を余儀なくされ、やがててんでばらばらになって南へ退

路をとった。が、その眼前に先ほど連合軍をやり過ごしたフルガン

が待ちうけていたのである。劉挺は退路を断たれ、前後から挟撃さ

れた。狼狽える明軍はあっけなく壊滅した。

 一方李朝軍は劉挺のあとを追って南下していたが突風による砂塵

に紛れこみ戦場を見うしなった。姜弘立は悠長にかまえている。

「軍を止め見晴らしのよいところに陣を張る」

 陣を張るや「劉挺さまお討ち死に」の報が入った。

「やめじゃ。わしらだけで戦う義理はない」

 姜弘立はは副将に諮ると降伏を決意した。

「ヌルハチ殿に会見を取り次いでもらえぬか」

 ダイシャンは使者の言上を受け一瞬ためらったが、

 ──これは意外な展開かもしれぬ。

「姜弘立にお会いいたそう」

姜弘立はダイシャンにやや傲岸な態度で臨んだ。しかし、翻って

ダイシャンはあくまで控えめな態度である。そして鄭重に姜弘立に

椅子をすすめた。

「もとよりわれらが戦う謂われはありませぬ。お館さまも弘立殿に

お会いしたがっておりました」

 ──夷人にも礼を知る輩がおるわ。

姜弘立は心の内をおくびにもださず鷹揚に頷いた。

「ヌルハチ殿は立派なご子息をお持ちでござる。貴殿をみればヌル

ハチ殿の人格が見えてくるようじゃ」

 ダイシャンはそのことばに軽い感動を覚え、姜弘立らに礼を尽く

してヘトゥアラへ案内した。 

 戦後ダイシャンのとった処置をきいたヌルハチはこれを多いに褒

めている。

「これからは前方の明が主な敵じゃ。後方の李朝とは無用の戦はす

べきではない。今は仲よくするに超したことはない」

 

 これら一六一九年の三月朔日から五日間の会戦を「サルフの戦い」

という。二十数万の明軍をわずか五、六万の兵で迎え撃ったヌルハ

チは人生最大の賭に勝ったと思っていた。まさに『皇国の興廃この

一戦にあり』であった。

 ヌルハチは「われらが勝利は天を味方にしたことである」と勝因

について述べたが、これは兵の士気を鼓舞する言動であって軍学的

ではない。内心ヌルハチは冷静に勝因を分析していた。

 ──ひとつにはわれらの情報収集能力が明

朝のそれを格段にうわまわっていたことである。

 それによる正確な戦況判断が寡兵をもって明軍を各個撃破したの

である。

 ──ふたつめは明朝の固陋頑迷なる官僚支

配である。

 これが何事にも先例主義を優先させ、敗因をすべて個人の主将の

責とした。これでは敗戦がつぎの戦いの学習たりえない。陳腐化し

た権力は新進気鋭の革命者の敵であろうはずがない。

 

  第七章 山海関を越えよ

 サルフの戦いで一方的な勝利をおさめたヌルハチは近隣の明領を

掃討しはじめた。

 女真最後の大国イェヘを平定するには軍を真北に進めなければな

らない。これでは行軍中、左の腹を明軍に無防備に曝すのも同然で

ある。つまり途中開原城が槍衾を仕掛けて待ちかまえている。横

撃されたらひとたまりもなく、仮に敵がヌルハチ軍をやり過ごした

としても、後ろから挑みかかられては挟み撃ちにされてしまう。乃

ち開原を討たねばイェヘへの進軍はできない。

 その開原にはサルフから逃げ帰った馬林が総兵官として赴任し

ていた。ヌルハチは「おとすにやすし」とみた。サルフの戦いからま

だ三ヶ月しかたっていない。馬林は「まさか」と思っているであろう

「エイドゥが元気でおれば、策もあろうに」

 五大臣の多くが第一線を退いているのは既に述べたが、この時期

ヌルハチの知恵袋エイドゥが病んでいた。

 四万の兵は撫順の西方にある瀋陽を攻めると見せかけ雨中開原を

目指した。これに馬林はまんまとひっかかり不用意にも城外に兵を

出したのだ。

 開原の南方には李成梁の三男如驍ェ城を守っていた。明朝が彼に

城を預けたのは唯一李成梁の子であるというだけの理由であった。

ここにも明の官僚の前例主義が露呈している。如驍フ『驕xは『ネ

ズミモチ』という意味がある。ネズミモチはネズミの糞のような種

子をばらまいて四方八方に繁茂する。如驍ヘまさにネズミモチのよ

うに多くの子孫を残すだけの男であった。武将としては凡愚であり

実戦経験もなく、開原に救援を出す勇気は持ち合わせていなかった

「城内の敵はおおくない一気にたたけ」

 ダイシャンは全軍を叱咤した。

 馬林は用心のため内カルカのジャイサイに援軍を要請してはいた

が、かれらが動く気配はない。

「カルカは動きませぬ」

 ホンタイジは自信を持ってダイシャンに伝えた。

「ジャイサイはわれらが味方も同然」

 ダイシャンは弟ホンタイジの根回しに満足しつつも警戒心を持っ

た。

 ──お館さま亡き後の家督争いはこいつと

するやも。

 ダイシャンは手薄な開原城の東門からすんなりと入城すると燐寸

の空箱を指ではじくようにいともた易く陥落させた。ホンタイジも

城外の兵を追っている。

「小麦畑に馬林が隠れておりました」

「引っ立てよ」

 馬林は麦の枯れた穂を背につけたまま手をあわせ命乞いをしてい

る。

「かまわぬ首を刎ねよ」

 ダイシャンはホンタイジをちらりとふり返ったが、意を決して無

表情に言い放った。

 開原城の財宝や食料はマンジュにとって見たこともない、信じら

れぬほどの戦利品となった。

「自儘にしてはならぬ。すべては国庫にいれるのじゃ」

 マンジュ軍は自ら率いていた牛馬だけでは足らず近隣から掻き集

めて収奪し、ヘトゥアラへ向かう牛馬の列は七晩をついやしても途

絶えなかったという。

 ヌルハチは戦後処理をするとヘトゥアラには戻らずジャイフィヤ

ンへ軍をいれた。ジャイフィアンはサルフの戦いで勝利を天に報告

した地であり、ヘトゥアラより撫順に近い。ヌルハチは今後つづく

明との戦いに備え、より国境に近いところを仮の首都としたのであ

る。

 

 翌月ヌルハチは開原の南方、鉄嶺に攻め込んだ。

 鉄嶺は李成梁一族の先祖の墳墓がある父祖の地である。李家にと

っての不幸は、如驍ノ限らず李成梁亡きあとこの家系には有能な子

が出ていないことであった。開原陥落は李一族を不安のどん底に落

としこんでいた。そこに「満韃子がくる」の報せがはいると、一族

は床にこぼれた大豆のように四散した。

 明朝は鉄嶺を救援すべく、内カルカのジャイサイに出兵を促した

ジャイサイは明朝の手前しぶしぶ援軍を出しはしたが、戦いを厭う

ことはなはだしくジャイサイを含め一族の主だった者がヌルハチの

馬前に跪いた。

「ジャイサイ殿はさる開原の戦いではわれらのお味方であった」

 ヌルハチはジャイサイ以下重臣を丁重にむかえ和議をささやきか

けた。

「長城外はわれら満蒙の地、漢人のものではない。この地の王はヌ

ルハチ殿がふさわしい」

「ジャイサイ殿にお味方頂ければ、漢人を追いだすばかりか、われ

らが明朝に取って代わるも時を待つだけ」

 ヌルハチは撫順、開原、鉄嶺で明軍と戦い、『金』が明に替わっ

て中原の主になる感触を漠然と得ていた。明領の北方をおさえたヌ

ルハチは内カルカと正式に同盟を結んだ。

 

 ヌルハチは同年八月そろりとイェヘ兵をすすめた。遼東の夏は短

く暑い。草原は逝く夏を惜しんで力一杯青さを湛えているが、木陰

にはいるとすでに秋の気配が忍び込んでいた。マンジュ軍が照りつ

ける太陽を背に姿を見せると、物見が泡をくってギンタイシのもと

へ駆けこんだ。

「マンジュがこちらへ向かっております」

「数は」

「まるで山が動いているようで」

 イェヘは東西二城による分割統治である。チンギヤヌの孫ブヤン

グが東、ヤンギヌの第二子ギンタイシが西を守っている。チンギヤ

ヌとヤンギヌがイェヘを再興して以来、その惰性でこの一族があた

りに勢威を張っていることは幾度となく述べた。ギンタイシは恐怖

のあまり深い思慮もなく指図した。

「兵と住民を城内へ」

「ブヤングにも報せよ」

 ふたりは凍りついたようになんの支度もせず、ただ息をのんでヌ

ルハチの来襲をまっていた。やがて土漠の彼方から粉塵をまきあげ

てマンジュ軍が姿をあらわした。ヌルハチの赤銅色の貌には自信が

漲っている。

「わしは西城を囲む、ダイシャンらは東城を攻めよ」

 ホンタイジも東城へ布陣した。明の援兵一千も入城を終えている

ヌルハチは西城の外城をたちまち打ちこわし内城へ迫った。ギンタ

イシは徹底抗戦をすることもなく兵を内城へ取りこんだが、形勢は

不利である。

「丸太をもて」

 丸太はまたたく間に内城の外壁を崩していく。ギンタイシは内城

の最奥部にある宮城に立て籠もり戦いを避けている。ヌルハチは一

兵たりとも逃がさぬよう執拗に攻めつづけている。ギンタイシは遁

れられないことを覚った。

「いのちを助けてくれれば降伏する」

 この使者の口上をヌルハチは黙って聞いていたが、それが終わる

と憤然と立ちあがり、大音声で怒鳴りつけた。

「まず、降伏せよ。話はそれからじゃ」

「いのちの保証は」

 使者は戦場を忙しなく行き交っている。

「父上、わたくしが替わって捕縛されましょう」

 優柔不断な父を見てギンタイシの子デルゲルが席を立った。その

凛とした表情は父親を見かぎっているかにみえる。

「殺されるだけじゃ、はやまるな」

「わたくしが死もって父上のいのちを嘆願してまいります」

 ギンタイシは無言でデルゲルを送り出した。その態度をみて、デ

ルゲルは父を睨みつけるように投降した。

「ギンタイシの子にしては天晴れな勇気、そちはゆるす。わしらと

働け」

「父はいかがなりますや」

「赦さぬ」

「・・・・・・」

 ヌルハチが一気呵成に攻めたてると、ギンタイシは「ここまで」と

建物に火を放った。

「見よ、そちの父じゃ」

 ギンタイシはひとり建物を出てくると腰の大刀を地面にたたきつ

けた。

「ヌルハチ、天がおまえのような奴に味方するとは世も末じゃ」

 ヌルハチはかたわらのデルゲルに視線を送ると感情を殺して冷や

やかに言った。

「強情な奴じゃ、首を刎ねよ」

 東城ではギンタイシの死をきくや、ブヤングは忽ち戦意を喪失し

降伏の使者をたてた。

「身の程を知ったか、ダイシャン迎えにいけ」

 ダイシャンはわずかな手兵をともなって入城した。

「ダイシャンか、ヌルハチはなんと言っておる」

「いのちまではと」

「それは信じてもよいのか」

「わが父に二言はありませぬ」

 けれどブヤングは一向に城を出る気配がない。ヌルハチを恐れる

あまり意を決することができないのである。

「わたくしが父ヌルハチにかわってお約束いたしましょう」

 ブヤングは尚も黙っている。

「わたくしをも信じられなければお話しはここまでとさせて頂く」

 ブヤングは不承不承かぶりを縦にふった。

「ブヤング待ちかねたぞ」

 ヌルハチは上機嫌で謁見をうけている。

「女真でわれに従わぬはそのほうだけである。今となっては明の不

甲斐なさがわかったであろう」

 ブヤングは突っ立ったままで頭さえさげようとしない。その顔に

は敗者の悔しさとふてぶてしさが漂っている。

 ──われら名門の血筋が、なんぞヌルハチ

ごときに。

 ヌルハチはその態度に気づかぬふりをして着座を勧めた。

「戦は終わった。一献とらす」

 ブヤングは盃をとると、逆さにして酒を地に吸わせた。ヌルハチ

は軽く舌打ちをして静かに言った。

「せんもない、連れていけ」

 ブヤングも死を覚悟して名門の矜恃をみせたが、それもつかの間

の儚い抵抗であった。新しい世に適応できなかったイェヘの部族長

は刑場の露と消え、フルン最後の大国はここに滅亡した。イェヘと

ウラの住民はおしなべてマンジュ軍に組みこまれ、マンジュ八騎の

構成員となった。ヌルハチは双方あわせて二万の兵を得たのである

 イェヘが消滅したことによって、全女真が統合され大満州国が成

立した。

 近頃ヌルハチの脳裏を朧気に去来するものがある。

 ──明はまこと滅びるのではないか。

 ──さすればこの金が中原を制すのか。

 ──中原の新しい国の初代皇帝はわしとな

るのであろうか。

 一六二〇年二月窓外の月が妖しげに耀いている。昨夜来の雪もや

みそうにはない。

「お館さま、ジャチンさまが身罷られましてございます」

 ヌルハチは夢想にふけっている。

「お館さま」

 ヌルハチは悪い夢から目が覚めたように老僕チャンジュを見た。

「なんと申した」

「太后さまご崩御」

 ハハナジャチンはヌルハチの最初の妻である。父から見放された

あとの労苦をともにしたチュエンとダイシャンの生母である。この

老僕はヌルハチとハハナジャチンの新婚当初から身のまわりの世話

をしており、ふたりにとって最も気のゆるせる従者であった。ヌル

ハチは少しの間声を出すこともなく黙っていた。

「・・・・・・、ダイシャンには知らせたか」

「寝屋につき添っておられます」

 ヌルハチは天を仰いだ。チャンジュにもこんな悲嘆にくれたヌル

ハチを見たことがない。

「臥せってはいたが、そんなに悪かったのか」

「お館さまには申しあげるなと・・・・」

「そういつ奴じゃ、ジャチンとは」

 チャンジュも声を忍んで哭いている。

「チュエンが死の時もわしの前では涙をみせなかった。ジャチンが

どれほど苦労をしたかわしはよう知っておる」

 ヌルハチの両頬を二筋の涙がつたって落ちた。

 ──あとすこし待てば大中華の太后になっ

たであろうに。

 ヌルハチはたまらずかぶりを振った。

 ──否、ジャチンはそんなものは望んでは

おらなんだ。いつも子どもらと民の平安なる生活ばかり口にしてお

った。

 ヌルハチは今一度天を仰いだ。

 ──天よ、わしは悔しい。

 外はふる雪ばかりで何ひとつ物音がきこえてこない。荘厳な闇は

ひたすら黙っている。閑寂の中、唯一ダイシャンのすすり泣きがき

こえてきた。そしてそれは無愛想な闇を突きぬけて天空へと散って

いった。

 

 ヌルハチがいたたまれない寂寥感に浸っている間明朝は動きはじ

めている。

 サルフの戦いに敗れた明は楊鎬に替え熊廷弼を経略に指名した。

この男の太い眉の下には狼のような鋭い目が隠れていた。みるから

の偉丈夫で、その丈七尺あったと伝えられている。字は飛百、湖北

省の出であった。

 時勢はヌルハチを後押ししている。廷弼が北京を出立するや開原

は落城、遼陽へ着任すると鉄嶺が陥ちイェヘは滅亡した。そして残

るモンゴルのカルカまでがヌルハチの軍門に降っていた。焦る廷弼

は着任早々諸将を集め訓令した。

「非常事態である、明全土より兵をあつめる」

 明朝の中央官僚はこれにかみついた。

「遼東のことは遼東で賄え」

「夷を討つのに明人を用いずともよい、夷をもってあたれ」

 ここでも明朝の事なかれ主義、先例主義が性懲りもなく頭をもた

げたのである。さらには遼東に対する侮蔑もある。

 ──中央の官僚どもは現場を知らぬ。

「やむをえぬ、山海関の内へ逃げようとする住民や兵を説得し遼東

へとどめろ」

 それでもマンジュと戦うにはあまりにも兵力が貧弱であった。そ

こで不承不承ではあるがまもりに徹し、瀋陽、遼陽に壕を張りめぐ

らし塁をたかくしたが、この策にも明朝の官僚達は不満をもらした

「廷弼がこれほど臆病とは思いもしなんだ」

「一刻も早く打ってでよ」

 けれど廷弼にも言い分はあった。

「中央は戦を知らぬ。兵なくして如何ほどのことができる」

 廷弼と中央官僚の確執はのっぴきならぬ状態に発展していた。一

六二〇年明の皇帝が天啓帝に代わると、業を煮やした官僚達は廷弼

を更迭した。あとを継いだのは袁応泰である。字は大来、見るから

にひとあたりの良さそうな、それでもって心底信じることはできな

さそうな人物であった。ひとことで言えば、官界遊泳術の達人であ

る。

「任官したからには山海関の内へは戻らぬ覚悟」

 勇猛であったが、やや軽いところがある。だが、宮中奥深くにひ

そみ、世の機微を知らぬ天啓帝は喜んだ。

「武人たるものこの意気込みがなくてはならぬ」

 応泰は不足する兵を補うためモンゴル難民を瀋陽、遼陽城内へ入

れた。その多さにさすがに危惧する幕僚もいたが、取りあおうとは

しなかった。

 ヌルハチも悲しみに手足を縛られているだけではなかった。臨時

の都ジャイフィヤンからサルフへと遷都を開始している。ジャイフ

ィヤンは当初から予想されていたとおり手狭であり、水の便がよく

なかったが、サルフは大軍団を収容できるよう入念に設計され城内

には不断に水が湧いた。

 このさなか、五大臣のひとりフィオンドンが死去した。ハハナジ

ャチンにつづく死であった。さらに悪い報せがはいる。同じく五大

臣のエイドゥが重篤であるという。

 ──天はなぜわしの愛するものを総て奪っ

ていく。

 ヌルハチは天を睨んでひとりつぶやいた。

 ──天はさらなる生贄を欲しているのか。そこまでせねば、わし

 ──に天下はやらと

いうのか。

 ヌルハチが病床のエイドゥを見舞うと、城中の侍女たちを魅了し

た凛としたふたえ瞼にもいまや力なく、眼窩はすっかり落ちこんで

いる。下僕に助けられ上半身を興すとその手や首廻りは黒ずんだ枯

れ木のようである。

「おまえの知恵があってこそ今日のマンジュがある。これからがわ

れらが仕上げというときに」

「お館さま、わたくしはどこにいてもマンジュのため、策を練って

おります」

 エイドゥは色褪せた唇をふるわせ途ぎれるような声音で話しだし

た。

「サルフにはいればつぎは瀋陽、やがては遼陽を陥とす所存。おま

えにはもっと働いてもらわねば困る」

「よくわかっておりまする」

 ヌルハチはエイドゥに床につくよう命じたがそれには答えず、声

を搾りだすようにつづけた。

「わたくし最後のご奉公・・・・・」

 しかし、語尾が縺れてよくきこえない。

「寐るがよい、また来よう」

「おまちください。まだお話が」

 ヌルハチは黙って眼でエイドゥをうながした。

 ──もう、会えぬかもしれぬ。

 ヌルハチは望みがあればはすべて聞いてやろうと思っている。

 エイドゥは最後の気力をふりしぼっているようである。

「瀋陽にモンゴルの難民がおりまする」

「かなりの数ときいておる」

 エイドゥの眼が笑ったように見えた。

「さすがにお館さまはすべてをご存じ」

 エイドゥはつらそうにひと息おいて話しだした。

「かれらと話は通じております」

「なんと」

 ヌルハチはエイドゥの手をとり感嘆した。

「おまえというやつは」

「お館さま、しかしこれがわたくしの最後の仕事となりましょう」

「弱気なこというな」

「お館さまが山海関を越える日はを見とうございました」

「その時はおまえに露払いをしてもらう」

 ヌルハチは絶句した。

 涙をみせまいと視線を窓の外へやると、そこには遅い春の中で梅

がまさに散ろうとしていた。

 翌年ヌルハチは遼陽に遷都するが、エイドゥはこの新しい都を見

ることもなく息をひき取っっている。

 一六二一年袁応泰は年初より撫順と清河を奪還すべく三万の兵制

を整えた。それを察したヌルハチは機先を制し瀋陽を急襲した。瀋

陽には賀世賢なる者が総兵官として指揮を執っている。世賢は壕を

増やし、その中に先を鋭く削った木をびっしりと埋めこみ、そして

柵にはを逆茂木を設えていた。逆茂木とは棘のある枝を柵に括りつ

けたもので、謂わば鉄条網である。明朝ご自慢の大砲も十分すぎる

ほど準備されている。マンジュ軍の進発は狼煙で瀋陽に知らされて

いたが、世賢は兵に動揺をあたえまいと敢えてゆったりと構えてい

た。虚勢もあったかもしれないが、兎に角マンジュ軍を甘く見てい

たのである。

「今日の戦はどうせ小競り合いで終わる」  と、早朝から城外で酒

を飲んでいた。果たしてこの歴戦の将の読みどおりに、緒戦は双方

の自己紹介程度でなんなく終わった。

 ヌルハチはこの小当たりで重要な感触をえた。

 ──瀋陽は謂われているほど堅固ではな

い。

 世賢も野営地で酒壺を片手に緒戦の報告をうけていた。

「こちらが兵を出せば、やつらが退くという状況でございました」

 世賢の顔はすでに朱くなっている。

「満韃子も謂われているほどつよくはないか」

「所詮は北狄でございます」

 世賢はあたりを見まわし幾度となく頷くと高笑いをした。今度は

兵に対しゆとりを演じたのではなかった。そして側近らをあつめ盃

をあたえると上機嫌で叫んだ。

「みなも飲め、あすもある。今宵はゆっくりと眠るがよい」

 世賢は本気で勝利を確信したのであった。

 翌日、早朝からマンジュ軍は昨日とうってかわって怒濤の進撃を

開始する。世賢は慌てふためいた。錯乱する世賢をマンジュ軍は取

り囲んで攻めたてた。ヌルハチの騎馬軍団は車輪がまわるように、

ひとりが騎射するとそのつぎが前面に出て矢を放つ。この騎射は円

運動を持続しておわることがない。

「退け、城内へもどって兵を固めよ」

 世賢は満身創痍でからくも城内へ逃げこんだ。いっぽう城内では

あちらこちらでモンゴル人が反乱をおこし、世賢の木柵も火の手が

上がっている。エイドゥの最後の仕掛けが動きはじめたのである。

「城内にいては危うい」

 形勢が不利になるとみた世賢は覚悟を決め単身マンジュ軍へ突っ

かかっていったが、たちまち騎馬軍団の餌食となり身の一片も残さ

ず憤死した。

「奴は軽率じゃが勇猛であった」

「遊撃ていどなら使えたのに」

と、ヌルハチはその死を惜しんだ。

 世賢の死をきくと袁応泰は援軍二万を出すが時はすでに遅く戦い

の趨勢は固まっていた。しかしこの一戦は予想以上の打撃をヌルハ

チにも与えていた。マンジュ側も多くを捕虜にとられ、ヌルハチは

甥までも失っていたのである。応泰は戦略のを練りなおしを余儀な

くされ、いそぎ戦線を縮小し遼陽の守備に専念することにする。

 ヌルハチは損害をいやすために瀋陽に数日兵をとどめ、たっぷり

と休息をとった。やがて後方部隊も到着し、兵馬に活力がもどるや

ヌルハチは遼陽に進発する。迎え撃つ応泰も壕に水を湛え万全の守

備陣を布いていた。

 冷えきった朝靄のなかにマンジュ軍の騎馬隊が徐々に浮かびあが

り、人馬の白い吐息が靄の中へとけこんでいく。

 マンジュ軍は遼陽城を目の前にしてひっそりと佇んでいる。一帯

には一触即発の張りつめた空気が漂っていた。応泰は城内で馬揃え

をおこない、最後の決戦を前にして檄を飛ばした。

「明日があると思うな、やつらを蹴散らせ」

 大声で叫ぶや四万の大軍をもってマンジュ軍に襲いかかった。迎

え撃つヌルハチには心にゆとりがある。

「明は弱し、恐れることはない」

 ヌルハチの自信に満ちた所作はひとりひとりの兵に勇気を与えて

いる。双方の意気込みには著しい相違があり、結果は戦うまえにあ

きらかであった。初日の戦いはマンジュ軍が明軍をいとも簡単に蹴

散らして終わった。

 翌日、ヌルハチは壕から水をぬく作業からはじめた。とはいうも

のの作業する兵の頭上には明軍の砲弾が間断なく落ちてくる。

「これはたまらぬ」

 ヌルハチが苦慮していると、

「城の東が手薄でございます」

 ホンタイジが大声で怒鳴っている。

「ダイシャン、右翼の四旗を突っこませよ」

 ようやく水が退きはじめた壕を乗り越えマンジュ軍は東門を攻め

たてた。明軍の大砲も咆哮し続けているが、緒戦の勝利にヌルハチ

軍は士気が騰がっている。すべての将兵が勝利を確信していた。誰

ひとり攻撃の手をゆるめる者は見あたらず、ひたすら突っこんでゆ

く。

「東門がくずれた、重騎兵を先頭になだれ込め」

 重騎兵とは厚手の綿刺し子を着用した対鉄砲の突撃隊である。鉄

砲が鳴りやめば軽装の身動きしやすい軽騎兵が前面に出る。これが

明の火器に対抗するマンジュの戦略であることは既述した。斬込み

隊長も軽装である。

「すでに敵は盲撃ちじゃ、わしに続け」

 ホンタイジはダイシャンに負けじと突っこんでゆく。

 正門に対峙している左翼の四旗はマングルタイが指揮を執ってい

た。

「ダイシャン、マングルタイに指示を出せ。奴は何をしておる」

「お館さまがお怒りでござる」

 ダイシャンの使者よりヌルハチの命をうけたマングルタイは奮い

立ったが、大砲の威力は衰えてはいない。

「ここを死に場と思え。退く者はわしが斬ってすてる」

 マングルタイは兵を叱咤しその鬼面をも凌ぐ形相は死を賭してい

る。兵は一丸となってつき随った。砲弾をくぐってマングルタイが

城塞にたどり着くと、兵たちは堤を登る蟹の群れのようにぞろぞろ

と駆けあがった。その数数千、壮観な風景である。

 マングルタイの頬に笑みがもどってきた。

「のぼれ、のぼれ。マンジュは天の兵である、弾は避けてゆこうぞ」

 夜が更けたころ正門をよじ登った一隊が城内の一角を確保した。

「総攻撃じゃ」

 ヌルハチは東門のダイシャンと正門のマングルタイに命じた。城

内の到る処にヌルハチ軍が入りこんで、いまや掃討戦の態である。

経略の応泰といえば、望みを棄てることなく勇猛に奮戦していた。

けれどもマンジュ軍は飢えた蝗の群れのようにひた寄せに寄せてく

る。

「将軍ここまででござる。後はわれらにまかせてご退却を」

 側近の進言にかぶりを振ると、櫓を駈けあがり佩刀をぬいた。

「ヌルハチよく見ておけ」

 刀を胸にあて間髪いれずに貫くと、躰は頭から真逆さまに落ちて

いった。

 この時城内にいた巡按御使の張銓も逃亡を拒んでヌルハチ軍に捕

らえられ殺されている。

「これでよい、明に仕えておっても永くはない」

 と、かれは死の直前ひとりごちた。自刃した応泰も同様な考えで

あったであろう。

 遼陽の掃討がかたづくと、重臣の反対を押し切ってヌルハチはこ

こを都とした。明との国境線上を北から連なる城市では遼陽がもっ

とも山海関にちかい。つまり北京に最短距離への遷都となる。

「みな、よく聞け。われらの目指すものは女真を統一し、この地よ

り漢人を駆逐するのみではない」

 一同頭をさげ沈黙している。唯、ホンタイジだけがヌルハチを見

あげている。その目は耀いていた。

「では・・・・・・」

「近いうち山海関を越えるときがくる」

 貝勒、重臣は互いを見まわし、やがてそれはどよめきにかわった

「すなわち、われらがこの地より東にもどることはない」

 その時重臣のひとりヤングリがヌルハチを見すえて発言した。

「わたくしは息子を先の戦でなくしましたが、この地に埋めてやり

とうございます」

「よくぞ申した。遼陽を墳墓の地と心得よ」

 続いてアドゥンが他の重臣を見まわし発言を求めた。アドゥンは

鉄嶺攻めの時、ヘトゥアラ城の留守を命じられヌルハチの信任も厚

い重臣である。

「フィオンドン様が亡くなり、エイドゥ様も重篤。アンフィヤング

様も最近は床をはなれること少なしと聞いている。われら一致団結

し、ダイシャン様、ホンタイジ様をもり立てマンジュの旗を中原に

立てねばならぬ」

 ダイシャンはやや複雑なおもいでこれを聞いている。

 ──チュエン亡き後第一子はわしじゃ、な

ぜホンタイジの名が出る。

 同じく五子のマングルタイも不満げであった。

 ──わしの名が出ず、八番目のホンタイジ

が出てくるのは、世継ぎがこのふたりに絞られたということか。

 マングルタイの生みの親はプチャ(富察)氏出身のグンダイと云

いヌルハチの二番目の妻であった。彼女はハハナジャチンの亡くな

った一六二二年に刑殺されている。義理の息子であるダイシャンと

の不倫が告発されたのである。この事件がマングルタイの後継者争

いに暗い影を落としていたのはまぎれもない事実であった。兎にも

角にも同床異夢の中で遼陽の遷都が決定された。

 遼陽陥落前に明の官僚や豪商はいち早く逃げだしていた。ヌルハ

チはそこへ多くのマンジュの民を入植させ田畑を割りあてている。

古くからマンジュ領内に住みその文化を受け入れていた漢人や朝鮮

人は土地を安堵された。また、商工業を発展させるべく、多くの職

人や商人を優遇しあたらしく市を開いている。言わずもがな、彼ら

の多くは弁髪を施している。そして特筆すべき政策として『マンジ

ュの民は決して被占領民を差別した取引をしてはならぬ』と、布告

した。これらの占領政策は若干の問題を含みながらも民衆に受けい

れられた。

 さらに五大臣のアンフィヤングが一六二二年亡くなるとこの制度

に代わる『都堂』の職が新設される。五大臣はヌルハチの私設顧問

団ではないが、謂わば古い形の重臣衆である。しかし都堂は近代的

な意味の行政長官といってもよく『馴れあい』的な裁断、指示は排

除されることとなる。ヌルハチはひとり醒めた心で明朝を倒すため

に近代国家を作ろうとしていた。

 

 瀋陽、遼陽の両城が陥落すると明朝は慌てふためき、一度経略を

左遷された熊廷弼を呼びもどす。廷弼は即座に以下の献策をした。

「広寧に騎馬と歩兵をおいてヌルハチを牽制する一方、天津と

遼東半島に水軍を待機させる。時機を見て遼東半島に水軍を出せば

挟撃を恐れるヌルハチは遼陽から兵を退くでありましょう」

 明の天啓帝は膝をうって喜んだ。

「さすがは廷弼、その方が経略をせよ」

 時の帝は自分が廷弼を左遷したことを忘れていた。廷弼はわずか

五千の兵を率いて山海関にはいった。

 ところが廷弼が広寧の巡撫王・化貞と戦術に関し甲論乙駁してい

る間に誰もが想像だにしないことが起きたのである。毛文竜・四五

才。この男のことを皆忘れていた。元来は李成梁の部下であり、の

ちに遼陽の遊撃まで出世していたが遼陽陥落後王化貞に仕えてい

た。その王化貞は反目する廷弼に一泡吹かそうと企んでいた。

「鴨緑江河口より先に鎮江という部落がある。住民は決してマンジ

ュに従ってはおらぬ」

 ここを突けという命令を王化貞は出した。毛文竜は二百名の兵を

船四艘に分け山海関を出立した。

 この近辺をヌルハチが平定したとき鎮江は最後まで抵抗しゲリラ

戦をもって半独立をたもっていたが、ヌルハチは李永芳とウルグダ

イを派遣して力攻めでねじ伏せている。以来、鎮江は針一本で破裂

する水風船のようにになっている。

 鴨緑江の河口彌串堡へ上陸した毛文竜は近隣の有力者へ内応をう

ながした。水風船はさらに膨らんだ。

 鎮江城は女真トンギャ氏の養真が守備を任されていたが、偶々こ

の日兵一千が援兵にとられ手薄であった。毛文竜は夜陰に紛れ上流

へ兵を進め、養真親子を殺害し鎮江城を占領してしまったのである

 この朗報は王化貞を通じて北京へ届いた。

「ヌルハチ軍を挟撃できる」

 明の中央官僚はもとから天啓帝に寵をうけている熊廷弼を快く思

っていない。

「あの腰抜けに指揮をとらすより化貞の策を採りいれよ」

 滑稽にも鎮江城陥落の報せが北京に届いた頃、かの地はすでにマ

ンジュ側に奪還されていた。が、しかし官僚達は知るよしもない。

 毛文竜はこのあとしばらくここに潜伏し明の敗残兵を集結させ、

住民を助けゲリラ活動に専念する。ヌルハチの死後も李朝の保護を

受けホンタイジと一戦交えることになるがこの物語には関係しな

い。

 なにも知らぬ北京は久々の勝利に沸きかえっていた。この事件の

あと熊廷弼の提案は悉く官僚に握りつぶされ、王化貞が遼東の実権

を握る。王化貞は時として兵を出してはマンジュ軍と小競り合いを

していたが、いずれも無意味な戦いであった。

「北京が六万の兵をくれたならヌルハチなど一捻りじゃ」

 王化貞は熊廷弼に実権を渡したくなく、中央官僚向けの形ばかり

の戦、つまり宣伝活動をしていたのである。

 鎮江城は不意を突かれたとはいえ養真親子を失っている。ヌルハ

チは改めて全軍に檄を飛ばした。

「箍を緩めてはならぬ。気を引きしめて広寧を攻める」

 広寧は瀋陽と遼陽の南北線の真ん中から直角に西へのびる線上に

ある。明領奥深く這入りこむ形となる。明は衰えたとはいえいまだ

強大である。油断がすぎるとマンジュ領への帰還路を絶たれてしま

うおそれがあった。

 この街は明代以前は鄙びた邑であったが、現在は遼陽と並ぶ遼東

の要衝地であり、巡撫と総兵官が常駐していた。ここが陥落すれば

ヌルハチにとって山海関はまさに指呼の間となる。そんなことにな

れば、喉元に短剣を突きつけられたも同然で明朝も気が気ではない

王化貞に広寧を守らせると同時にマンジュ軍の進軍経路の砦には総

兵官と三万の兵をを張りつけた。熊廷弼も五千の兵とともに山海関

を出て布陣していた。これに呼応するが如く一六二二年正月、ヌル

ハチは動いた。一気に西平堡に籠もる副総兵官・羅一貫の火器によ

る激しい戦いを制すとヌルハチは余勢を駆って広寧城めがけ進軍し

た。

 王化貞の腹心に孫得功という口から先に生まれたような男がい

た。王化貞はこの男の口車に乗ったのである。

 「わたくしに兵をお預けください。満達子を広寧には寄せつけま

せぬ」

 このきつね顔の男は弁舌巧みに他の総兵官らも丸めこみ、自軍に

合流させた。

 マンジュ軍との合戦が始まると孫得功は参将を丸めこんで戦線を

離脱した。彼には予定の行動である。戦うと見せかけ実は王化貞を

人質にして、それをみやげにヌルハチに投降する気であった。広寧

城にもどった孫得功は叫びながら城内を走りまわった。

「満達子が迫っている、みな逃げよ」

 住民が逃げまどう騒擾の中、王化貞は孫得功の行動を不審に思い

接触を避けていた。孫得功は王化貞を必死に捜したが捕らえること

はできず、城内を彷徨く間にヌルハチ軍の馬蹄の下敷きとなり圧死

している。それにより王化貞は孫得功の毒牙にかかることなく無事

城を脱けだし、そして逃走中同じく城を捨てた熊廷弼と偶然出会っ

たが、鎮江以来の蟠りがある。ふたりとも終始無言で一目散に山

海関へ逃げこんだ。一命を取りとめたふたりであったが、数年後広

寧陥落の責を負って刑殺されている。

 明朝は熊廷弼に替えて王在晋を経略に任命するが、彼も前任者同

様失地回復より防禦を選んだ。

「関外に城を築いて北京を守ることが必定」

 これに異を唱えたのが兵部尚書の孫承宗である。

「広寧と山海関の中間にある寧遠に兵四万をいれ回廊を護るが上策

 長城外は専ら山である。ヌルハチ軍は海岸線沿いの隘路を通らな

くては山海関には到達できない。その線上には海上の浮き球のよう

に広寧右屯衛、寧遠衛、広寧前屯衛と要衝が北からならんでいる。

天啓帝はこの策に賛意をしめし経略王在晋を解任した。その地位は

空席のままに孫承宗を督師として山海関に赴任させた。明朝のたび

重なる朝令暮改は明軍に厭戦気分を醸成させている。しかしそれに

気がつかないのが滅亡する側の古い体質であった。

 早速孫承宗は広寧前屯衛を修復し兵をいれて寧遠衛との橋頭堡を

確保する。更に一六二四年には腹心袁崇煥に命じ寧遠城を完成させ

た。この築城と街の経営に専念したことにより明朝は寧遠城の東部

方面の橋頭堡を一歩のばすことができた。

 孫承宗はひたひたと東へ東へと歩をすすめてくる。

 ホンタイジは焦燥感をもった。

「お館さまは遷都やあたらしい人事で忙殺されておられる」

 事実ヌルハチは五大臣アンフィヤングにつづきフルガンに死なれ

ている。また、後継者の第一人者のダイシャンがたび重なる不祥事

を起こし悩ましい時期にあった。

 ホンタイジは行動に出る。自らを釣り餌にした。

「わしがわずかな手兵をつれ錦州を巡察中と触れまわれ」

「さらには、明が兵を出せばこの近辺に内乱が起こりわしは絶好の

餌食になるであろうともな」

 錦州は寧遠城の東北にあり至近距離である。この情報が真実なら

ば狼の群れの面前を子羊が一匹歩いているようなものである。山海

関の総兵官馬世竜がわけなくこの餌にに食いついた。

「ホンタイジといえばヌルハチの後継者、これを討てば満達子のや

つら、意気消沈ははかりしれぬ」

 明朝の失地回復にはすこしばかりの順風が吹いていたが、これが

逆風に変わったのである。馬世竜が出撃しても期待された内乱など

起きるはずもなく、明軍はホンタイジの伏兵に合い散々に打ちのめ

された。

 明軍はこの出動で副将、参将をはじめとして多くの将兵を失しな

った。この損失はおおきくはなかったが孫承宗は責任をとり、代わ

って高弟が空席の経略についた。真にこの時期、明の人事は首尾一

貫性を欠いていた。

 一方ヌルハチの遷都にもめまぐるしいものがあった。一六二一年

遼陽へ遷都する。しかし一六二二年広寧を陥落させるとその地へ遷

都を図る。けれど一進一退する戦局をみてまたもや遼陽へ帰還する

が、それも永続きせず建設中の東京城へ移っている。

 東京城は前掲の錦州のやや東にある。ヌルハチは形勢有利とみれ

ば西進し、不利になれば東へもどる。この振り子のような運動を数

年間続けていた。一六二五年完成した東京城も子どもが買ったばか

りのおもちゃを捨てるように放り投げ、瀋陽を再び都とした。

 東京城には祖父、父、兄弟そして妻達の墓があった。この遷都に

あたり墓は改葬されたが、不思議なことに弟シュルガチと長子チュ

エンの墓のみ残された。やはり、権力争いで死なせてしまったシュ

ルガチとチュエンを一族の墓に埋葬したくなかったのではなかろう

か。敢えて推測すれば、このふたりの墓を首都瀋陽に置きたくない

だけの理由で東京城は建都されたのではないか。証左として以後一

六四四年、三代目福臨(順治帝)が北京入りするまで瀋陽は首都で

ありつづけ一度も遷都していない。

 瀋陽で体制を堅固にしたヌルハチは最後の戦いに挑む。二十万の

将兵を瀋陽城前に馬揃えさせた。現在の瀋陽故宮に二十万の軍馬が

犇めいたとは思えないが、一六二六年の瀋陽城前にはじゅうぶんな

広さの閲兵広場があったのであろう。

「目指すは寧遠」

 ヌルハチはダイシャン、マングルタイそしてホンタイジを見つめ

ている。まるで三者を競わせようとしているかにみえた。

 三人も父の思いが伝わってくる。

 ──この戦で後継者を決めようとなされて

いる。

「寧遠を抜けば山海関は目と鼻の先」

 寧遠には袁崇煥が満を持して待ちかまえている。明軍はこの戦い

のため新しい大砲をポルトガルより手に入れていた。

「こたびはあとがない、この城を死守せよ」

 広寧で敗北を味わった袁崇煥には悲壮感がただよっている。日頃

は軍略をかたると談論風発、勇猛果敢の人柄である。それがうって

かわって神経過敏となっており、兵も近寄りがたい感じがする。

 ヌルハチは八旗をそろえ堂々たる陣構えで馬をそろえた。

「満達子が来たぞ」

「撃てぇ、撃てぇ」

 明軍は砲身が真っ赤になると水をかけて撃ちつづけた。

「砲が熔けるまで撃ちつづけよ」

 マンジュ軍は味方の屍を乗りこえてすすんでいくが、剣林弾雨の

前にはなすすべもなく斃れていく。

「山海関を越えるまで退いてはならぬ」

 必死の形相で叱咤しているヌルハチを炸裂した砲弾の一部がを襲

い、まわりの兵たちは狼狽を隠せない。が、ヌルハチは被弾はした

もののかろうじて落馬だけは堪えている。

「わしにかまうな、兵を前へ」

兵たちは必死にヌルハチを押しとどめると自ららが盾となってヌル

ハチに馬を囲んだ。

「お館さまをうしろへ」

 ヌルハチの傷は深くはないが明軍は勢いづいた。

 「いまだ、この機会を逃すな。兵を押しだせ」

 明軍は容赦なくマンジュ軍に押しよせ撃破していく。過酷な攻撃

はとどまることなく戦場は酸鼻をきわめている。ヌルハチ本陣にも

浜辺の小波のように敵は寄せてくる。ダイシャンがあたりを窺うと

八旗は凡て統率力を奪われ艪を失った小舟のように戦場の流れに身

をまかせていた。

 ──  惨敗じゃ。

 ダイシャンは呻った。

 これ以上戦えばマンジュの深傷は致命傷となる。しかしここを抜

けば山海関は目前である。ヌルハチは歯噛みして痛みをこらえてい

たが、頭を働かそうにも激痛がそれをゆるしはしない。

「お館さま、ここは自重して再起をはかりましょう」

 ダイシャンはホンタイジに目くばせをした。

「さいわいいまなら兵の損傷もさほどにあらず」

 ホンタイジがヌルハチの傷を気づかって続けた。ヌルハチは目を

閉じている。

 いたずらに時は流れるが戦況はわるくなる一方である。

「お館さま、・・・・・・ご決断を」

「・・・・・・瀋陽にもどる」

 ヌルハチは左右の肩を支えられ弱々しく叫んでいた。

 総員退却の銅鑼が空しく打ち鳴らされるとマンジュ軍は建国以来

初めての大敗を喫した。

 ヌルハチは寐せっていた。重篤である。

 清朝の記録には『重症』とのみ記録されているが、すでに彼も齢

六十七である。永年の戦場の疲れもあろう、又晩年の体形からみて

も心臓にかなりの負担がかかっていたことは否めない。

 ダイシャンは何かを考えるようでいて、なにも考えてはいないよ

うで、唯、目を中空に泳がしていた。七月の窓外は蝉の鳴き声で騒

がしい。

 ──  お館さまはいかが考えておられるの

か。

 無論ヌルハチ亡き後のことである。

 ──  わしが年長とはいえすでに老いた。

 人生五十年のこの時代にヌルハチが六十七才であることも驚嘆す

べきであるが、後継者に一番近いダイシャンですら五十才に手が届

く年代である。

 ──  わしがあとを継げば十数年を経ずし

てまたもや後継者問題が起きるであろう。モンゴルが末子相続なの

は、父と相続者の歳を離すことによって頻繁に起きる相続問題を先

送りする便法であるのか。

 漢人や女真は長子相続であるが、モンゴルは末子相続が一般的で

ある。これはダイシャンが考えたとおり儒教的か否かだけでは説明

がつかないことである。

 ──  と、すれば、やはりホンタイジか。

 ダイシャンは天を仰いでひとりごちた。

 突然蝉が「チャッ」と、短く甲高い声を出した。

「お館さまが瀋陽に向かっておられます」

「なにかあったのか」

「かなり病状の悪化がみられ、妻子を呼ぶようにと」

 ダイシャンらは、太子河を下ってくるヌルハチらと渾河で合流し

瀋陽へとって返そうとしたが、途中艾家堡に一行を停めた。

「お館様の容態が逼迫しておる」

「お館さまを室内へお移ししろ」

 蝉しぐれがあたりを覆っている。堡のうちにある草堂内にヌルハ

チは横たわっていた。病床ちかくにはダイシャン、マングルタイと

ホンタイジが侍している。つよい陽射しからヌルハチをまもるよう

に寐台のまわりを囲んでいる。ヌルハチは陽射しが眩しいのかを目

をほそめている。

「ダイシャン、そちも年をとったな」

「まだまだお館さまについてまいります」

「無理をするな、そちには八旗を立てなおしてもらわねば」

 ダイシャンはヌルハチの心意を見てとった。

 ──  お館さまもモンゴルか。

 ヌルハチはやっとの思いでマングルタイのほうへ首をむけた。

「おまえもよくやってくれた」

「これからでございます」

 ヌルハチは疲れたのか目を閉じた。

「おんなどもは」

 ヌルハチの妻のうち3人はいまは亡く、残っているふたりの妻が

呼ばれた。

「お館さまアバイ様がご到着」

 ドルゴンの母であるアバイがヌルハチの供をして殉死することは

先に述べた。

 ヌルハチの目が幽かに動いたようにみえた。

 アバイはヌルハチの手をとると静かに涙を流した。

「ドルゴンは・・・・・・」

 ヌルハチは弱々しく目を開けた。

「別室にて」

「あれは賢い子じゃ、わしがもう少し長命であれば・・・・・あれがマン

ジュを・・・・・・」

 沈黙が病床につどう全員に覆い被さっている。ヌルハチには確た

る意識はないように見えた。

「エイドゥは・・・・・・」

 ダイシャンはみなを見まわし小さく嘆息した。アバイの目には涙

があふれかえり、大きくかぶりを振った。

「エイドゥはすでに・・・・・・」

「そうであった」

ヌルハチは再び目を閉じた。

 室内を支配するのは蝉の羽音だけである。ヌルハチの黙考が続い

ている。どれくらいの時が過ぎたであろう、突如ヌルハチの手が虚

空を掴んだ。

「ホンタイジはどこにおる」

「お館さまのおそばに」

 ヌルハチはホンタイジの手を握ろうとするがそこに力強さは感じ

られない。

「ホンタイジ・・・・・・」

「はいっ」

「おまえが、おまえが・・・・・・」

「・・・・・・」

「山海関を越えよ」

 

 突然蝉の羽音がやんだ。

 一六二六年夏、ヌルハチは天に駈けあがっていった。そしてそこ

にはエイドゥが大きく両手をひろげて笑顔で待っていた。

 ──  エイドゥか、よい策はあるか。

 ──  すべては整っておりまする。

 ヌルハチは右手に剣を持つと全軍に響き渡る声で叫んでいた。

 ──  出陣じゃ、エイドゥ指揮をとれ。

 享年六七才、ヌルハチは瀋陽東郊の福陵で眠りについた。

 

        完

<参考文献>

 明と清        三田村泰助

 清の太祖 ヌルハチ  松浦 茂

 

 

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